《書評》松井克浩著『故郷喪失と再生への時間—新潟県への原発避難と支援の社会学』

尾崎寛直より

社会学者などによる災害研究は、阪神・淡路大震災(1995年)以降、急速に厚みを増してきている。それは、長期にわたる復興過程において、地域住民のあいだに生じる亀裂や分断、とりわけ「弱者」に現れる脆弱性(vulnerability)、地域やコミュニティの役割などが大きな課題として意識されてきたからであろう。

本書の著者は、ウェーバーをはじめとした社会学理論が専門の気鋭の社会学者であるが、新潟大学での勤務のなかで、新潟県中越地震(2004年)・中越沖地震(2007年)の被災地調査を経験し、単著『中越地震の記憶』(2008年)・『震災・復興の社会学』(2011年)を著した。その知見をふまえ、本書は、3.11原発事故後の新潟県への広域避難を5年にわたり地道に追いかけながら、置かれた状況の変化のなかで時間的・空間的な振幅(「ゆれ」)もある避難者の語りに繰り返し耳を傾け、「被災者にとっての復興」の手がかりを得ようとした労作である。

原発事故では、被災者は当たり前の平穏な暮らしを営む権利を一方的に奪われ、避難によって「時間と空間の積み重ねを共有する人間関係に根ざした暮らし」から引き剥がされた。それ自体過酷なことだが、今度は必ずしも条件が整わないままに早急な帰還を迫る動きが加速している。避難指示の解除と賠償の打ち切りを連動させた政策の下、2017年3月末には「自主避難者」への仮設住宅提供も強制終了された。避難者の多様性・個別性を捨象した早期帰還政策は、地域住民を分析し、故郷の復興にとってむしろ逆効果ではないかと著者は指摘する。

つまり、県外避難で遠く離れていても、故郷とゆるやかな関係を維持し、長いスパンで故郷の再生に関与できるならいいが、実際には「帰還か移住」二者択一の選択が迫られ、住民を分断し、間に「壁」を作るかのような動きが進む。だが、現時点で「帰らない」と選択した人も、「いつか帰りたい」など選択への迷いや、「割り切れなさ」を持っていることも少なくない。それゆえにその暫定性を尊重したまま社会への回路—「二重の住民登録」制度のような—を確保するすべを考える必要がある。すぐには帰還できなくても、県外避難者も元の町の住民であり続けられるようなゆるやかなつながりが維持できれば、長期的に(場合によっては世代を超えて)地域の復興や未来にかかわることができるのではないか。

本書は、3部構成の章立てで以上の論点を説き起こす。

第1部は、中越地震などの災害復興の経験から新潟県の行政と民間団体に蓄積されてきた支援の仕組みや文化が、原発避難者の受け入れと支援にどのように活かされたかを県、自治体、民間それぞれ条件や事情の異なる被災者ひとり一人の個別性を尊重しようという姿勢であり、対等な「仲間」として避難者と向き合い、支援する側/される側が相互に入れ替わるような双方向的な支援の姿勢であった。

第2部は、新潟県内に広域避難してきた被災者の語りに、間を置きながら継続的に耳を傾けた丹念な記録が中心になる。そこからは、時間の経過のなかで新潟での生活が落ち着いたように見えるケースでも「中途半端」感や「宙づり」の感覚、不安や精神的に落ち着かないなどの気持ちの「ゆれ」が共通して見られた。避難指示解除により強制避難者と「自主避難者」との境目が地続きになってくるにつれ、両者が共通に抱える問題—地域コミュニティ喪失による「孤立無援」感への対処、つまりどこに居ても、立ち場が違っても共有可能な〈コミュニティ〉をつなぐことが重要になってくる。

そこで第3部では、中越地震の被災地、旧・山古志村の復興の経験から、災害が多く奪う一方で、自身を契機に地域の助け合い・協力関係、主体性が引き出され、外部(通い農業者、行事参加者、支援者のネットワークなど)との交流によって、集落秩序がより開かれた形で再編されたことが述べられる。つまり、広い意味での「住民」によって地域が再構築される可能性を示している。それは「住民」や「地域」そのものの再定義をも示唆する。かけがいのない「場所」の持つ価値を軸にして、地域を意識的に結び直していくことは不可能ではない。

その延長線上で原発事故の復興を考えるならば、自然災害以上に回復する時間を要することを自覚し、地域のメンバーを時間的・空間的に限定せずに、「暮らしの記憶」を次の世代に継承していく姿勢が求められる。そのための意思決定・住民自治の仕組みの再設計も不可欠である。

巨大災害からの復興と〈コミュニティ〉をめぐる闘争のアリーナで、社会学者らしい丹念な聞き取り調査を武器に格闘する本書は広く一読されるべき文献である。

(尾崎寛直)

(東信堂, 2017年, 286頁, 3200+税)

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