【書評】南部広孝著『東アジアの大学・大学院入学者選抜制度の比較』

【書評】南部広孝著『東アジアの大学・大学院入学者選抜制度の比較』

比較教育学学会第53号 p.162 書評 より

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このところ大学入試をめぐる議論が熱を帯びている。教育再生実行会議の第四次提言(平成25年10月)とこれを受けた中央教育審議会答申(平成26年12月)(いわゆる高大接続改革答申)において大学入試の「抜本的改革」が提言され、高校・大学はこの入試改革に真正面から向き合わざるを得なくなった。こうした状況のもとで、高校、大学がそれぞれの意見を表明したり、マスコミが特集を組んだり、またこれをテーマとする講演会やシンポジウムが頻繁に開催されるようになった。文部科学省は、中教審答申後、これを具体化する有識者会議(高大接続システム改革会議)を設置するなど、さらに制度設計の具体的検討を続けている。

このように大きなうねりをみせている入試改革構想は、何を目指し、何をどう変えようとしているのか。中教審答申は高校までの教育において「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協働性」の3要素からなる「確かな学力」を育て、大学ではこれをさらに発展させる教育を目指すべきであり、このためには高大接続の要になる大学入試において、筆記試験中心の単なる「知識の再生」を評価する入試から学力3要素を対象にした「多面的・総合的」評価の入試に変えていかなければならないという。そして、この目標に向かって大学入試センター試験を「思考力・判断力・表現力」を測定する新テストに代え、大学の個別選抜は筆記試験を偏重せず、3要素の「主体性・多様性・協働性」に重点を置いた多様な選抜方法を導入する方向を示した。

しかし、じつは大学入試改革は今に始まったものではない。今日の入試の姿につながる入試改革は、いわゆる中教審46答申や臨時教育審議愛答申を経て1990年代磨カバから模索されてきた。ここでの改革キーワードは「選抜方法の多様化・評価尺度の多元化」であり、その結果生鮮入試の拡大やAO入試の導入が進み、今やこれらの入試による入学者が半数まで迫る規模になっている。今回の「多面的・総合的」入試はこの「多様化・多元化」入試の延長上にあるが、決定的な違いは一般入試にも改革のメスを入れ、入試全体を「多面的・総合的」にしようとする点にある。筆者はこれを「AO入試の全面化」と呼んでいる。「抜本的改革」といわれるつえんはここにある。新テストの行方も懸念材料であるが、大学の個別選抜におけるこのAO入試全面化が最大の課題として大学に突きつけられている。

東アジアの国・地域の大学入試を比較分析した本書で南部氏は、日本の大学入試について大学の裁量に委ねられるところが覆う、国・行政の統制が比較的弱いと述べているが、なかなかどうして大学の入試部門に長年身を置く筆者には今回の入試改革は非常に重い圧力であり、これにどう対処すべきか、同僚とともに大いに悩んでいるところである。

前置きが長くなったが、南部氏が10年近くかけて綿密に行った調査研究をまとめた本sッは、入試改革の政府圧力に悩む野は、筆者のような日本の大学教員だけではないことを教えてくれる。東アジア、すなわち中国、台湾、韓国といった儒教文化圏ともいうべき国・地域では、受験競争という伝統的価値観に根差した長年の大問題を克服し、21世紀にリーダーとなる素質を備えた人材を育成するために1990年代半ばから大学入試改革に取り組み、従来の学力筆記試験中心の入試から面接や高校調査書などの書類審査を含む入試へと、つまり入試の多様代を進めてきた。こうした入試改革の背景yあ敬意、そして目指す方向と改革手法は驚くほど似通っており、しかもわが国にも全く共通する。本書はそうした意味で現在進行形のわが国入試改革にも大きな示唆を与えてくれる、じつに時宜を得た研究所である。

全国共通試験一本で入学者選抜を行ってきた中国や台湾では、共通入試による選抜以外に推薦入試也わが国のAO入試に類似する入試を導入し、大学や大学教員が主体的に関与する入試を初めて開始した。韓国では入試改革を頻繁に繰り返してきたが、1990年代以降の改革では共通試験や高校調査書などによる選抜を基本としながら、大学が独自に対象也選抜方法、時期を決定す津多様な入試を作り上げ、近年では米国のアドミッションオフィサーにならった「入学査定官」による入試を導入した。入学査定官はまだ全体の10%台であるが専任査定官の他大学教員も兼務で入学査定官となり、面接試験や書類審査に臨んでいる。

このように大学や教員を巻き込んで多様化する入試の背景には、大学の運営裁量権を拡大し、大学独自の自営努力で質向上を図り、国際競争力のある大学を建設しようとする高等教育改革が共通してあり、このことが大学が関与する入試の導入拡大を促進したと南部氏は指摘している。また一方で、入試の在り方について国の関与が強いことお共通している。

南部氏によれば、この関与度合いは大学の選抜を国が指導監督している中国や台湾がなかでも比較的強く、これに対し、大枠の方針を国やその委託を受けた大学団体が策定しているものの、具体的な選抜方式は大学に任される韓国や日本は比較的弱いとされる。このほかにも、学力筆記試験の扱いや、学力保障の観点から比較分析をしており、共通試験をともに実施しているが、その採用を大学裁量に委ねるかどうかなどで異なり、中国・台湾は全大学が採用し、筆記試験で測定する学力保障の度合いが強く、個別筆記試験を大学に禁じている韓国では学力保障度合いが弱いなど興味部会比較分析は少なくない。

ここまで大学学部の入試について述べてきたが、本書では学部入試とともに大学院入試についても制度と各大学の実態について詳細な調査研究と比較分析を行っている。大学院入試についてこのように招請娜制度実態の把握と比較検討をした研究はきわめて少ないのではないか。南部氏も指摘しているが、これには大学院入試に対する政策的関心の薄さ、その背景となる細分化された専門性のゆえに大学院入試を全体としてぎろんしがたいことと無関係ではない。大学院教育じたいは規模拡大を経て現在は中教審答申(「グローバル化社会の大学院教育—世界の多様な分野で大学院修了者が活躍するために—」平成23年1月)などに基づいて質向上を図り、世界に伍するレベルに引き上げるべく、様々な対策が講じられている。文部科学省は大学院教育振興施策綱領を策定し、リーディング大学院プログラムなどを推進してきた。しかし、このなかでも大学院入試は特段政策対象になっていない。

今日大学院教育に求められる「質」については、高い専門性のほか、「幅広い知識や視野」を指摘する議論がある。そうであれば、この質の保証は大学院の課程設計や研究指導体制だけに限られるものではなく、大学院教育に応えられる学生の準備も必要条件となっていくるのではないか。その意味で大学院入試効果的な活用は重要な課題となってくるはずである。

興味深いのは学部入試と同じく、修士課程入試でも宣告共通試験を課している中国である。英語や社会主義中国に不可欠な思想政治のほか、数学などの一部専門科目の試験を実施している。米国でも民間のGRE(Graduate Record Examination)があり、大学が任意で利用しているが、このような例はほかにない。台湾では、大学ごとに英語や中国語の共通試験を課す大学もある。一方わが国はAO入試など学力不問の入試が批判を浴びる学部入試とは違い、大学院ではほとんどが筆記試験を課している。ただし、大学院入試を統括する組織はなく、研究かまたは専攻の募集単位に管理が任されていることは、質保証にとって問題なしとしないであろう。この点についても本書は多くの示唆を与えてくれる。

今後の研究課題について南部氏も自ら述べているが、大学入試や大学院入試の改革は我が国だけではなく東アジア各国・地域にとって今なお進行中の政策課題であり、その帰趨は我が国にとってもおおいに参考となるであろう。今後のフォローアップ研究にも期待したい。

(東北大学 石井光夫 評)

東アジアの大学・大学院入学者選抜制度の比較

【東信堂 本体価格3,200円】

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