【書評】朴澤 泰男 著『高等教育機会の地域格差』

高等教育機会の地域格差

【書評】朴澤 泰男 著『高等教育機会の地域格差』

教育学研究第84巻 第2号 p.102より

本書は、高等教育機会の地域格差に焦点をあて、先行研究で言及されている「中心—周辺型の三重構想」と表現する「大都市圏」(埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、岐阜、三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山の13都府県)、「外縁地方」(北海道・東北、九州・沖縄の15道県)、大都市圏に隣接する「中間地方」(その他の19県)の三分類でなぜ進学地域格差が生じるのか、そのメカニズムに焦点をあてた研究である。筆者が着目するのは大学進学の費用便益であり、その高低が高等教育機会の進学地域格差の遠因にあると筆者は考えている。この三分類は、大都市圏が地域間相対賃金(東京の賃金をある県の賃金で除した比率)よりも学歴間相対賃金(大卒者の高卒者に対する相対賃金)の方が大きく、中間地方が地域間相対賃金と学歴間相対賃金の差が小さく、一方、大卒者の地域間相対賃金が、高卒者の地域間相対賃金より大きく、外縁地方が、大卒者の地域間相対賃金、高卒者の地域間相対賃金、学歴間相対賃金の3者がほぼ等しく(p.166)、この枠組みの妥当性・頑健性が主張されている。また、筆者は、『学校基本調査』や『賃金構造基本統計調査』のマクロデータだけで論じるのではなく、詳細に論じるべきところでは、東京大学大学院教育研究科大学経営・政策研究センターが科研費(研究代表者:金子元久)よって、平成17年から21年まで実施した、日本全国から無作為抽出で選ばれた4,000人の高校3年生を対象に行われた「高校生の進路についての調査」のデータを組み合わせるところも、先行研究を乗り越える戦略として、本論では重要な位置を占めている。

第1章では、高等教育機会の地域格差の概要を文字通り「描画する」ことに焦点が当てられている。マクロデータの力強さが遺憾なく発揮されており、地域格差が男子より女子の方が大きいこと(p.65)や父親世代所得は県間平均よりも高い県があったり、所得は県間平均よりも低いが進学率は県間平均を下回る県があったり(p.70)、男女とも県外進学率が県内進学率を上回っている県があったり(p.72)、マクロデータを用いて図表で全体を概観して初めてわかることが多いことに気づかされる。中でも興味深かったのは、「大学進学率全体が高い県ほど県外進学率が高い傾向にあるものの、一定の水準を超えると、県外進学率は再び低くなっていくという逆U字型の関係が見て取れる」(p.73)というものである。ただ一点、高校生調査のデータを用いて、「地方在住男子のうち、・・・中略・・・自宅外からの通学希望は県外大学志望者(399人)の89.0%に達するのに対し、県内志望者(261人)の場合は19.2%にとどまる」(p.90)とあったが、この結果には違和感があった。というのも、地方ほど、大学は国公私立を含めて県庁所在地に集中しており、県庁所在地やその隣接行政区に住んでいない人間以外は同県内でも自宅通学することは困難で、概ね、同県出身者でも自宅外通学になる、というのが現状に近いと経験上感じるからだ。高校生調査の母集団が、無作為抽出であればその性質上避けられないのかもしれないが、県庁所在地在住者が多いのかもしれないという印象を拭えなかった。

第2章では、大学進学の費用の面から考察している。これまで高等教育機会の地域格差で語られることの多かった、家計所得、機会費用、(高卒で就職した場合の4年間の放棄稼得)、直接費用、大学の収容率では、高等教育機会の地域格差を十分に説明できないことを明らかにしている。特に機会費用の高い県ほど、大学進学率全体や、県外進学率は高いという予想とは逆の結果が生じていることが分かる(p.134)。

第3章では、県別に大学進学の費用便益を論じている。結論としては、「大都市圏や中間地方よりも、外縁地方の方が大学進学から得られる便益は大きい」(p.154)と述べられており、「男女とも、学歴間賃金格差の小さな県(「中間地方」に多い)ほど県外進学率や、(県外進学率が大きく左右する)大学進学率全体が高」(p.180)く、出身県の相対賃金が小さいものほど、大学進学や県外進学に動機づけられる、と費用便益によって高等教育機会の地域格差を論じることの必然性を主張している。確かに、筆者も地方大学における入試広報の中で経験したことであるが、自元の全国に名が轟く有名大企業に「高卒」で就職できるのであれば、「大卒」後にその企業への就職が約束されていないとすれば、私が所属していた大学には進学しない、と面と向かって言われたことがある。現実に、高卒での就職先と比較した大学の収益率を比較して判断されているという場面であり、本書の仮説を裏付ける事例とも言える。

第4章では、新規学卒労働者市場の地域格差について検討している。まず、「大学の入学者定員が大卒者の就業機会以上に大都市圏に偏在している」(p.216)ため、「地方出身の大卒者のうち、かなりの割合がUターン就職せざるを得ない状況におかれる」(p.214)ことをマクロデータから実証している。ただ、事情は地域ごとに異なり、「中間地方」では、県内進学の場合、学歴間賃金格差が低いため、大都市圏での就職に動機づけられる、と主張する。また、出身県にUターン就職する場合でも、高卒者と地元で職を奪い合うために、大卒であることが有利であるという判断も生じると主張する。一方、「外縁地方」では、「高卒後すぐに就職した方が、よい会社(官公庁)に入れると思うから」という質問に肯定的に回答するもの(21.4%)が、「中間地方」(31.4%)に比べて10ポイント少ないなど、製造業や企業規模の大きな会社へ就職する機会に恵まれていない。こうした新規労働市場の地域格差も高等教育機会の地域格差の背景にある、と筆者は主張する。

第5章では、女子における大学進学の費用便益について論じている。ここでも地域の3区分に基づいて論じられており、「高卒、短大卒、大卒のいずれも、中間地方で未婚率が最も低い」(p.267)や「『大卒女性ほど(高卒女性に対して)、大卒の夫がいる可能性が大きい程度』は大都市圏で小さく、外縁地方と中間地方で同じくらい大きいことがわかる。逆に言えば、大都市圏では高卒女子も大卒の夫を得やすいということである」(p.271)など、マクロデータを駆使した所見を提供している。興味深いのは、地域ごとに女子生徒の就業意識が大きく異なり、それが進学率の地域格差につながっているという主張である。具体的には、「外縁地方」や「大都市圏」の女子の方が、「中間地方」の女子より、就業継続を志向しない、とデータが示しており、地域ごとに就業のしやすさがが異なる地域があることを示唆している。

第6章では、本書のクライマックスとして、大学進学率の地域格差の実証分析を行っている。大学進学率(希望)や県外・県内進学率(希望)を被説明変数に、先行研究や全勝までの検討を踏まえて、家計所得、父親学歴、学力、主観的便益、収容率、相対就業者数、女子の世紀就業機会を説明変数にして、ロジスティック回帰分析を男女別、地方・全県別に行っている。その結果、相対就業者数や主観的便益の要因によって、大学進学の地方格差が説明できること、特に、女子には、「将来の就業可能性の小さい県ほど、県外就学率および大学進学率が低い」(p.312)ことがわかり、地方に進学率が低い県が存在することの論拠としている。

以上が本書の概要であるが、最後に今後の期待の意味も込め、本書への若干のコメントを述べてみたい。第一に、過去10年近く地方で入試広報業務に携わってきた筆者の素朴な実感であるが、一般的には高校生は大学進学の費用便益や将来の収益率をあまり意識していないのではないか。より直接的には家計所得や、自分の学びたい学問分野の学部が通える範囲内にある稼働といった、地理的要因が最も大きく影響するのではないだろうか。その意味で、例えば、牟田博光『大学の地域配置と遠隔教育』(1995年、多賀出版)のように、大学進学行動を大学所在地の地理的要因も考慮に入れた考察が重要であると思われるが、先行研究では言及されていなかった。第二に、高校生の大学進学行動は、学問分野別に大きく異なると思われる。ほとんどの都道府県にある教育学系、工学系、医学・保健学科は別にして、限られた都道府県にしかない,農・水産学部、薬学・歯学系の進学行動は地方では特殊であり、また県によっては国立大学に文系学部の選択肢がほとんどない県もある。こうした学問分野別の進学行動はより複雑に解釈されるべきに感じた。第三に、地方の三分類に対する妥当性である。若干大枠の分類であり、例えば、四国などは、中国・京阪神圏に移動しやすい、徳島・香川と、愛媛・高知では状況が違いすぎると単純に想像するからである。いくつか疑問を呈したが、これらの課題は、もしかしたら、マクロデータや高校生調査のデータに依存する限界なのかもしれない。ただ、筆者の論は精緻で非常にロジカルであり、その説得力や学術的根拠に疑いはない。次なる研究では、さらなる詳細な分析を期待してやまない。

木村拓也(九州大学)

高等教育機会の地域格差

【東信堂 本体価格5,600円】

 

 

 

 

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