【書評】 絹川正吉著 『「大学の死」、そして復活』

【書評】 絹川正吉著  『「大学の死」、そして復活』

 IDE現代の高等教育 No.577 2020年の展望 2016年1月号よりdaishi

 著者は、長年にわたって大学教育について精力的に発言してこられた。本書には、最近の講演や論文が集められ、まとめられている。テーマは、教養教育、大学教育、学士過程、FD、ガバナンスなどであり、今日の大学教育の問題群を、トータルにカバーしている。どの内容も充実しているが、わけても長年の一貫した思索を受けた一般教育に関する考察は、多面的多角的であり、深い水準に達している。考えさせる点も多く、熟読に値する。

 文章は明晰で読みやすい。評者自身に関連する箇所なので恐縮だが、以前、共同研究のなかで第4章「FDのダイナミックス」に収められている文章を読んだときには、議論が錯綜していて、少しわかりにくいと感じた。しかし今回あらためて読んで、この印象は劇的に変じた。直接引用に短いコメントを重ね、これを繰り返していく文章は、本書ではきわめて異例である。これは、議論の相手をあまり傷つけないようにして、自分の議論を粘り強く相手に伝えていこうとする、著者の強い配慮がもたらしているようである。そのことがわかってみると、議論そのものはきわめて骨太でわかりやすいことが理解できた。

 広い視野から、深い思索が展開されており、語りも安定している。すべての文章は、語りも安定している。すべての文章は、一般の読者に「わからせよう」とする良質の「啓蒙」の立場から書かれている。読み進めると日頃の大学教育の現場の慌ただしさや喧噪を離れて、安穏とした懐かしい居場所が与えられていることになる。この懐かしさは何に由来するのか。

 たとえば、「学生の学習支援」という一貫した理念があり、自律的なリーダーシップに導かれた自治的組織化という理念がある。この理念は、著者が率いてきた大学組織、学会組織、同業組織などに一貫している。I.C.Uであり、(大学教育学会ではなく)一般教育学会であり、大学セミナーハウスである。ウェーバー流に言えば、ヒエラルキー的階層としての「教会」ではなく、成員の自由な意志に基づく「ゼクテ」である。

 ここには一貫した教育理念がある。一言で言えば、プロテスタンティズム的パターナリズムである。この理念は、戦前の教養主義、戦後の近代化論の主要部を占めてきた。本書の標題である「大学の死」と「復活」は、この理念の「死」と「復活」である。「あとがき」では、次のように記されている。

 「『「大学の死」、そして復活』は軌跡を頼みにするのではありません。歴史が営々と紡いできた大学本来の営みに復帰することが、『大学の死』からの復活であることを本書は主張しています。」(321頁)

 「歴史」によって「紡がれてきた」「大学本来の営み」という言葉においては、歴史性と本来性という対立が、幸福にも一致している。同じように、「ユニバーサル化する大学における大学的なものの復権を期待する」(235頁)とも記されている。本書の表題の言う「死」と「復活」を担う主体は、「本来の営み」を担う「大学的なもの」であり、「プロテスタンティズム的パターナリズム」の理念によって営まれる教育組織である。それでは、この「死」はともかくとして、「復活」は展望可能なのだろうか。

 本書を読んでいて、多くの箇所で胸をつかれた。たとえば、「PDAサイクル」なるものへの違和感が直裁に表明され、さらには婉曲に「工学的なもの」への忌避貫も表明されている。いずれも著者の理念に由来するが、しかしこの理念の命運は、冒頭では次のように記されている。

 「今日の日本の大学教育に関する議論の行方を見ますと、私は時代遅れだと自覚しています。日本の大学教育に関する議論は激変しています。今の大学教育論の主流は、教育社会学と教育工学を中心に展開していると思われます。そういう時流に対して、私は古い人間としていささか抵抗を覚えています。」

 「プロテスタンティズム的パターナリズム」の理念は、敗戦後から高度成長期に至るまでの時代には、主導的であった。この時期には、講座性マルクス主義を含む広義の近代化論こそが、時代を駆動していたからである。本書の「大学に死と再生」は、近代化以降の教育理念の苦しい状況をまとめているのである。

 評者もまた、今日の大学では技術的合理性や官僚制の一元的支配が問題であると考える。しかし問題を見る視覚は異なっている。この状況の突破は、教育状況の外からの啓蒙によってではなく、各人がこの状況への自分自身の自発的同調を自分自身で食い破ることによっておみ、可能だと考える。しかしこの視覚への差異は、おそらくは、見る者それぞれが属する世代の差異の所産でもあるだろう。

 ともあれ、本書は、古き良き時代の良識を示しており、これに向き合うことによって安定した居場所を取り戻すことができる。ゆったりと読むのにふさわしく、またそれに値する労作である。

田中毎美(武庫川女子大学 教授/教育哲学)

「大学の死」、そして復活

【東信堂 本体価格2,800円】

 

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