【編著者からの紹介】小笠原正明・安藤厚・細川敏幸編著『北大 教養教育のすべて』

【編著者からの紹介】小笠原正明・安藤厚・細川敏幸編著『北大 教養教育のすべて』

IDE 現代の高等教育 No.589 p.68より

北大教養教育のすべて

学士過程教育では、専門主義によって分断された知識や経験を学習者が再構成して、健全な人間の知恵として自分のものとする力を養うための教養教育が重要である。「社会性を強調した基礎学術分野の幅広い教育」が基本であるが、大学設置基準の大綱化以来、それぞれの大学は独自の方針に従ってカリキュラムを編成するようになり、多様化が進んでいる。教養教育を語ることは往々にしてその大学の歴史と個性を語ることになるが、本書も同様に、新制北海道大学における半世紀以上に及ぶ教養教育構築課程を記述しながら、結果としてこの大学の「半生記」にもなっている。

全体は12章からなり、大まかに4編に分類されている。第1編「北大方式の教養教育」では、1949年の新制大学発足以来の全学支援方式すなわち「大学を構成するディシプリンのもっとも良質の部分(エクセレンス)を、将来進む分野の如何にかかわらずすべての学生に提供する」という、ユニークな教養教育の理念を実現するための実施づくりの課程が述べられている。

第2編「コアカリキュラムと新しい国語・自然科学教育」は本書のハイライトで、2000年代前半をピークとする疾風怒濤のような教養教育改革の記録が収められている。新設の高等教育機能開発総合センターを拠点に、学生による授業アンケート評価や教員研修(FD)を皮切りに、カリキュラム開発、授業開発、将来の大学教員のための研修、教員の職業倫理にまで及ぶ広範な「全学教育運動」が展開される一方で、全学支援体制の精緻化が行われ、各部局の負担と貢献の内容が誰にでも分かるように可視化された。

第3編「総合入試制度と新しい教育支援システム」では、北大方式の論理歴帰結として2011年度に行われた大くくり入試(総合入試)への「回帰」と、先進的なFDに触発される形で、学生中心、主題・課題中心、体験中心、対話的・双方向的なアクティブラーニングが教養教育を舞台に急速に普及した事情が説明されている。また、単位の実質化のための教育支援システムの整備や、国際化を推進するための「新渡戸カレッジ」など多彩な取り組みが紹介されている。

第4編の結びでは、総合入試で入学した学生を引き受ける高等教育推進機構の役割とその活動、および北大方式の教養去育を基盤とした新しい総合的学士課程への展望が述べられている。

本書は当該大学の教養教育史という側面を持つため、歴史的経緯の説明や事例の紹介に重点がおかれている。編者の一人として幸運だと思ったのは、大学において中枢の地位を占めている、あるいはかつて占めていた22人もの著者からなる単行本であるにも関わらず、各章がばらばらではなく、全体として緩い形ではあるが同じ方向を目指していることだった。現総長含めて著者全員が教養教育に携わり、全学支援に理念とシステムづくりのために働いたという共通の経験が、教養教育のエートスとして表れているのだろう。

本書では、自然科学実験と講義の総合化、北海道全域の施設を活用したフィールド研修授業、札幌地域の美術館・音楽組織と連携した芸術授業などのユニークな取り組みが紹介されているほか、地道ではあるが一般教育演習と「論文指導科目」が文系教員の積極的参加により広く普及した事情がくわしく説明されている。北大教養部で1980年ごろから始まった人文科学一般演習を、2000年には全員履修が可能な一般教養演習にまで拡大・発展させたのは文系教員のリーダーシップによる。さらにどうしたら文系の講義を魅力的なものにできるかを検討して、「日本語能力の向上を文系授業、少なくともその一部の重要な目的と位置づけよう」という方針が立てられ、「思索と言語」などの主題別科目のみならず、一般教育演習にも論文指導が拡大され、理系の教員も参加するようになった。論文指導科目は2005年度には91科目、履修者数は合計1,862名に達し、今では教養教育のコアとして定着している。

私自身は、大学における教養と専門はそれぞれ総論と各論の関係にあり、正しい教養教育があってはじめて効果的な専門教育が可能になると考えている。上で触れたように、北大の教養教育は当初からディシプリンの枠を超えた「エクセレンスの共有」を目標としてはいるが、それだけでは「正しい総論」を提案したことにはならない。何を基準にエクセレンスとするか、「人類社会のあるべき姿を正しく見る客観性と、それぞれの宗教や民族がどうあるべきかを探る主題と調和しうる論理」(「あとがき」から)とは何かなど、解決すべき課題が多く残されている。本書ではヒントとなるアイディアが随所に見られるから、あとは整理して言語化するだけだと思う一方で、何か重要なガイドラインが欠けているのではないかとも思う。本書の刊行を契機に広くこのような議論が行われ新しい提案がなされれば、教養教育をめぐる議論は次の段階へと進むことになるだろう。

(小笠原正明)

北大 教養教育のすべて

【東信堂 本体価格2,400円】

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