【書評】北野秋男著 『ポストドクター 若手研究者養成の現状と課題』

【書評】 北野秋男箸 『ポストドクター 若手研究者養成の現状と課題』

  IDE現代の高等教育 No.578 大学組織と教育組織 2016年2-3月号より

 psd-01ポスドク問題が重要な政策課題であることの証として、これまで、数多くの調査や提言、海外の事例報告等が積み重ねられてきている。豊富なエビデンスに基礎づけられた本書は、この問題は日本の学術体制の危機を象徴するものであるとの問題意識のもと、日本の現状と課題について多面的に取り上げた第一部(第1章~8章)、諸外国の現状をとり上げた第二部(第9~12章)、そして提言を中心とする終章から構成される。一見雑多なエビデンスについて、落語でいう「マクラ」に置き留めるのではなく、「データをしてかたらしめる」 (川喜田二郎)。今風に言い換えると、エビデンスに基づいた創造的な提案を発想することこそ、政策を支えるべき今日の社会科学研究に期待される最重要課題に他ならない。

 さて、第1章「大学院拡大化問題と大学教授職の推移」では、1990年代以降の急激な大学院拡張を巡る動向について、マクロデータを織り込みつつ、大学教員数の量的推移とともに紹介されている。本書の議論を離れて、大学院拡充のどこに「問題」があったのか、ここで確認しておこう。一般的には、質的変化を伴うあまりに急激な量的拡大に、博士課程教育は十分に対応することができず、同時に修了後の進路についても厳しい状況が続いた。このような混乱と閉塞のなかで、博士課程に対する進学需要が停滞するのも無理はなく、その結果、過剰な定員設定に対して適切な指導が行われたものではない。

 第2章「ポスドク制度の起源と発展」では、1980年代半ば以降に行われたポスドクの量的拡大同行を中心として概説されている。周知の通りこの政策領域では、大学に限らず社会の中で幅広く活躍する高度専門人材の養成とそのキャリア開発(ノンアカデミック・キャリアパス)という課題について、早くから取り組まれてきている。端的にいえば、ポスドク採用期間終了後、相当数が大学や研究機関の常勤研究職以外の道に進む(就職先を新規開拓する)ことを前提とshちあ量的拡大だったのである。したがって、一体として実施された政策の前半部分、ポスドクの量的拡大のみを支持し、後半の、ポスドク終了者に対して、(予定通り)十分な数のアカデミックな常勤職が準備されていない状況を厳しく批判するという議論は、説得力を欠く。

 第3章「「雇用型ポスドク制度」の現状と課題」では、2004年度と2006年度に科学技術政策研究所が実施した調査結果から、ポストドクターの在籍機関や給与の財源、専門分野、年齢、性、国籍、などに関する概要について紹介が行われている。博士の学位を習得後、大学TOEで任期付で任用されている者(主任研究員や助教・助手は除く)、という文部科学省の定義から容易に推測される通り、高い流動性を伴うポスドクの動向は、短期間のうちに大きく変動する可能性がある。そこでポスドクの「現状」について最新の2012年度調査の結果をみると、40歳以上の比率は男性で15%、女性で20%まで上昇している。同時に32歳以下の若手ポスドクの間で、大きな変化が起きていることが明らかにされている。外国人ポスドクの人数が減少しているのである(科学技術政策研究所の調査による。調査報告書の全文は、同研究所のWEBページより入手可能)。これらの変化は、ポスドク問題として顕在化している諸現象の捉え方について、再考を促すものである。

 第4章「首都圏のポスドク制度」では関東地域の大学を対象とした独自調査の結果、第5章「人文・社会系分野における「ポスドク問題」」では科学技術政策研究所および日本社会学会が実施した調査の結果、第6章では1990年代半ば以降の政策動向および経済団体による提言。続く第7章では先進的な6つの大学における取り組みの制度設計、そして第8章では経済団体以外の関連諸団体による提言等について、概要紹介が行われている。視点を変えた第二部では「諸外国のポスドク制度の現状と課題」が取り上げられている。

 「ポスドクに求められる新たな研究者資質」と題する終章では、まず、ポスドクは研究が継続できる身分の安定した「研究職」に就くことを望んでおり、この希望がかなえられないのは、わが国の学術政策から生み出された社会的・構造的問題である、との主張が掲げられる。続いて、この問題の改善に向けて、国家予算の拡大、大学独自の資金調達、明確なキャリアパスの確立、ポスドクの身分や処遇の改善、若手研究者を対象とするキャリア教育の拡充等が提案される。

 本書の中でも随所に触れられているように、習得した高度の専門知識や能力を生かす事は難しいと主張するポスドクと、必要な能力に欠けると断ずる企業。そこには、相互忌避ともいえる不幸な関係が依然として残存している。困難な課題ではあるけれども、イノベーションの実現に向けて両者の間に創発的な関係性を構築すること。これこそ、若手研究者に対して強く求められているキャリア教育の目指すところであり、その副産物として、ポスドクのキャリアパス確立や大学の独自資金獲得などが期待されるのである。

  加藤毅 (筑波大学大学研究センター 准教授/高等教育 評)

   (東信堂 本体価格3,600円)                                                                                                                                      

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