【書評】 河田悌一著『書に想い時代を読む』

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【書評】 河田悌一著『書に想い時代を読む』

書道界 通巻二九三号 今月の本棚より(2014年4月15日発行)

慈しみに包まれた書と中国文化と人物考察

 著者知友の書家、糸見溪南氏(日展会友ほか)が揮毫した書名と著者名があしらわれた端正な装丁が印象的な本書は、中国思想史が専門であり、関西大学学長を二〇〇三年から六年間務めた後、現在は日本私立学校振興・共済事業財団理事長の要職にある碩学の論集であり随想集。

 冒頭で覚えた漢字は自分の記憶に張り付いた貴重な記念切手であるとするドナルド・キーン氏の文章を引用しつつ、燃焼器から漢字を自分の手で書くことで、想いを回りの人たちにきちんと伝えられることの喜びを体得することの大切さが説かれている。そうした持論を抱く著者は当然のことのように書史への造詣も深く、第一部で大陸の書文化の変遷をたどっている。この中で、書の充実期だとして、明代のそれを一番好きだと明言していることが目を引く。

 第二部では儒教をはじめとする中国文化の淵源を探求し、第三部ではかつて兄事した指導者、あるいは故司馬遼太郎氏といった敬愛する人たちとの交誼を、第四部では諸仏文化への格別の愛惜を記している。

 京都育ちの著者の祖父は経済学の泰斗である河田嗣郎だが、厳父は著者が生まれる前に急逝。祖母と慈母に愛情深く育てられた。その祖母も小学三年生のときに逝った。それゆえに、生きてあることのかけがえの無さを知る著者の文はどれも濃い情意と悲しみに包まれ、京料理のようなコクをたたえていて胸に響く。

 巻末の人名索引を見ると歴史上を含む登場人物はなんと六百名に迫る!関心分野の奥行きと国内外にわたる交流の拡がりに圧倒される。懐の深い人柄と並びない学殖がうかがわれる、まさしく大人の書。
(臼田捷治)

グローバル社会を生きぬく教育 全私学新聞(平成26年7月23日)より

 関西大学の元教授で、いま日本私立学校復興・救済事業団の理事長を務めておられる河田悌一先生が「書に想い時代を慎む」と題する随想集を出版された。私にとって関西大学といえば、1990年代に日本私立大学連盟の会長を仰せつかっていたときに久井忠雄理事長、大西昭男学長に大変お世話になった関西の雄であるが、河田先生とはご一緒に仕事をする機会に恵まれなかった。今では私学にとって頭を下げなくてはならない高い地位におられるが、私のほうが私学から離れたので、お願いにゆく機会もない。そういう関係なのに全私学新聞での本書の書評を担当したのは、中国思想史の専門家としての先生の令名を以前からうかがっていたからである。私もいろいろな立場からここ三十年ぐらい中国とかかわりを持ち、日中関係をどうするかに心を砕いていたので、本書からヒントを得たいという思惑もあった。
ところが本書を手に取って戸惑った。私は書評に慣れているつもりでいたし、何事に出会っても、一言でズバリと感想を言うか、そうでなければ起承転結、体系的に意見を述べるのを常としていたのに、本書は全く太刀打ちできと言うことが分かったからである。難攻不落の名城の前に立ったようなものだった。

 どうしてか。それは本書の奥に、長年にわたって蓄積された膨大な知識の宝庫があり、それぞれ違うテーマごとに人の知らないような知識が次々と宝庫から取り出されて、絢爛と文章や思想を彩っていたからである。全体としてテーマには書道のほかに孫文や儒教などが何度も選ばれたが、それに紹介を限定してはとても本書の特色が示されないと思うほどに、テーマの選択そのものが多彩で知恵にあふれていた。

 のみならずその中身も、たとえばある会合に出席されるや否や、そこに集まった人にとどまらず、その人を介して関連する古今東西の人々の思いが沸き起こり、結果としてその会の意義が高まるのを感じさせる、そういう文章が頁を操るごとに次々と現れるのである。それは博物館や美術館や展覧会に行かれたときも同様だった。ちなみに本書が挙げられた人の名前は巻末の人名牽引に搭載されているが、その数たるや七百五十人に及ぶ。

 本書の題名から推察されるように中国や日本の「書」に対する先生の知識、興味、関心は並ではない。それは冒頭三十八頁にやや窮屈におさめられた「書道」の部分に満ち溢れているが、我々読者からすると、先生の場合、書への関心が先か中国への関心が先か知りたいところであった。そういえば、先生が中国のことをもっと知りたいと思ったのは中国の原爆実験にあったと書かれているが、きっとそれだけではあるまい。ご祖父が経済学の専門家、ご誕生の三か月前に亡くなられたご尊父が天文学の研究者という中で先生が中国思想史の道を歩まれるようになった経緯ももっと知りたいところだった。これは次のご著書を待つことにしよう。

 卓抜な方がどのような生き方をされるか、どのようなところを訪れ、そこで何を感じ、だれを思うのか、それは力量とても及ばない人にとっても興味あることである。本書はまさにその欲求を満たすものだった。書評ができない本、そこに本書の特色があるのかもしれない。

 

書に想い時代を読む

【東信堂 本体価格1,800円】

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