【書評】吉田文編著『「再」取得学歴を問う』

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【書評】吉田文編著『「再」取得学歴を問う』

公益財団法人大学基準協会『JUAA』No.54(2015年3月31日)より

この書は、専門職大学院全体を総括的に捉え、論じているのではなく、さまざまな専門職大学院を分野ごと、テーマごとに分析している。

あとがきにおいて、編者は、「大学院とは、一部の理工系大学院を除き、ある意味、初めて自分で選択して、決断して、学習する場である」とし、これらの専門職大学院では「意外なほどに、就労経験をもつ大学院生が、きわめて熱心に学習し、そして大学院教育の効用を実感している」と、この調査全体から受けた印象を記述している。

本書の13章は個別の筆者による調査・分析によって構成され、「『中小企業の経営層』という新顧客に開かれた経営系」のように、専門職大学院の特定の分野ついての調査、分析が行われている章が最も多く、他は「家族形成とキャリア追求の狭間にある女性」のように、分野横断的な問題を扱ったものとなっている。

各章は、個別の堅実な実証研究であり、決して全体をまとまった読み物として読み通しやすくはない。しかし、テーマ、あるいは分野ごとに興味深い事実が指摘されている。それぞれの分析は、アンケートなどの、この研究で行われた調査に基づいており、単なる印象ではない。調査が行われた時点(2008年)での、専門職大学院の記録である。そこに本書の最も重要な価値があるといえるだろう。これから「専門職大学院」を論じるための、基礎資料と評価するのがいいと思う。

今、さまざまなかたちで大学改革が模索されている。社会全体からみれば、多くの人々は「実務」につくのであり、その部分も、大学に求められる。専門職大学院はまさにそれを担うことになる。

本書によれば、前述のように多くの社会人が「自分で決断し」、これらの大学院で「熱心に学習」しているという。自分でも、「大学院に戻った」経験を持つ筆者としては、大学院教育に求められる、実務と学問の架橋の部分に注目したい。このような社会人がなぜ、これらの大学院で「熱心に」なれるのかと言えば、自分の経験してきた世界が、豊かな知の世界を背景にして、また別の形で解き明かされるからである。決して、そこに安易な“How to”があるからではない。
そこを誤解してはならないと、本書を読みながら思いかえした。

(武井直紀 東京工業大学 留学センター教授)

「再」取得学歴を問う

【東信堂 本体価格2,800円】


【書評】吉田文編著『「再」取得学歴を問う』

 専門職大学院での教育成果の効用は、我が国にとっての積年の課題である。かつて、生涯学習という枠組みを通じて、社会人大学院にスポットライトが当てられた1990年代後半においても、社会人の学びとそれが如何に労働市場や一般的な社会において認知され、評価されるかということは本課題に関心を持つ研究者のみならず社会人大学院への進学を目指す人々にとっての期待を込めてのテーマであった。

 この20年の間に職業型大学院(社会人大学院)、専門大学院が登場し、そして本書の対象になっている専門職大学院が2003年に制度化され、いわばアメリカ型のプロフェッショナル・スクールが日本においても基盤整備されてきたことは本書が指摘しているとおりである。

『「再」学歴取得を問う;専門職大学院の教育と学習』は、専門職大学院の制度化に伴って、必然的ともいえる専門職大学院の教育と学習の効用に焦点を当てた意欲的な実証研究から成り立っている。

本書のテーマは、労働市場への移行という古典的な教育社会学の研究をベースに、日本において圧倒的なモデルとなっている20代前半に高等教育を終了し、間断なく労働市場に移行し定年まで働くことを「固定モデル」、教育と労働とが時間軸において重複する、あるいは教育と労働市場とを交互に往復する形態を「流動モデル」と定義した上で、大学卒業後に労働市場に参入した社会人が専門職大学院から取得した「再取得学歴」の意味を固定モデルと比較検討して問うことにある。その際、学歴を身につくべき大学あるいは大学院の教育や学習成果の代理指標として使用している。そのためには、過去において蓄積されてきた大学院での再学習として獲得した知識や能力に関する先行研究を踏まえ、先行研究において試みられなかった固定モデルとの比較により学歴取得の効用を検討しており、この点が本研究の独自性あるいは新規性と評価できよう。

「流動モデル」の対象者は、2008年調査による専門職大学院在学者である。対象者が所属している専門職大学院は、法科大学院、経営系大学院、IT系大学院、ファッション系大学院、および教職大学院と多様性に富んでいることも特徴であり、この多様性が興味深い結果を提示している。

経営系では、就業経験が鍵となり、「流動モデル」の知識・能力の向上の程度は「固定モデル」を大きく上回っている。その中でも、中小企業の経営者層に特にその効果が見られるという結果が提示されている。法科大学院の場合には、司法試験合格という目標が明確にあることが他の専門職大学院とは異なること、また学部卒業後に直に進学している「固定モデル」が多いことを前提に分析した結果、「就業未経験者」と「辞職者」が「フルタイム就業者」を司法試験合格につながる専門分野の知識の獲得において凌駕していることが示されている。教職大学院においては、経営系や法科大学院とは異なり、「流動モデル」「固定モデル」との間に、大学院で獲得した知識・能力において大きな差がない。組織特性が明確とはいえないIT・コンテンツ系やデータ分析が主眼に置かれていない臨床心理系については、本書のテーマである学歴「再取得」の効用が実証的に検証されているとはいえないが、経営系、法科大学院という代表的な専門職大学院においては、「流動モデル」は「固定モデル」よりも大学院での学習による効果が確認され、とりわけ、大学院教育に高いモチベーションを持ち積極的に活用している者への効用の存在の検証が、学歴研究への新たな視座の提供につながっている。

著者達は今後も本研究課題を継続していくことを述べていることを踏まえて、最後に期待を込めて課題を2点ほど提示したい。第一は、本書でも挙げられているように、労働市場との関係から学歴取得の効用を検証する意味である。筆者自身も専門職大学院の研究を行った際にこの労働市場での学歴再取得の効用について、市場側、修了者側に対して調査をしたことがある。当時は2000年代初めで労働市場が今ほど流動化していなかったこともあり、待遇面(給与、昇進)での効用はほとんど見られなかった。しかし現在、労働市場は良い意味でも悪い意味でも流動化している。とすれば、転職する場合の効用はどうなのか。また、中小企業の経営者層に特に効用が見出されるとすれば、それは経営に大学院で取得した実質的な能力・スキルが活かせる立場にもともといるからなのか、それとも取得した能力・スキルのためなのか。是非、労働市場との関係性について、転職、新規参入、職位という切り口から検証していただければと思う。

第二点として、異なる調査方法の導入の可能性である。上記に挙げた課題は、質問紙調査というマクロデータによる分析よりは、むしろ第10章で提示されているような質的調査によってビビットな実態が浮き上がるとも思われる。継続調査においては、質的調査も用いてより重層的な姿を描きだされることを期待している。

(山田礼子 評『IDE』2015年8-9号 )

「再」取得学歴を問う

【東信堂 本体価格2,800円】

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