Book Review 田中弘允・佐藤博明・田原博人 著 『検証 国立大学法人化と大学の責任—その制定過程と大学自立への構想』

IDE 2019年2-3月号

Book Review 田中弘允・佐藤博明・田原博人 著

『検証 国立大学法人化と大学の責任—その制定過程と大学自立への構想』

山本健慈より

 

本書は、国立大学の法人化の制度設計論議に地方国立大学の学長として、また国立大学協会メンバーとして関与された三人の学長経験者(以下三氏という)が、「法人化にいたる経緯を辿り」、法人化後の国立大学の状況の検証」し、この「制度のもつ本質と今日的意味を明らかに」しようとして執筆されたものである。

三氏の執筆作業は、ともに80歳を超えて始められ3年間に及んでいる。「時に折れそうな気持を奮い立たせ、膨大な文献や資料と格闘しながら、ねばり強く筆の執りつづけた」のは、「法人化に異議申し立てをしながらも、ついにはこれを食い止めること」ができず、「今日、多くの国立大学が逢着する、がんじがらめの苦渋にみちた大学運営への道を許したことへの、ある種の慚愧と悔恨である。」と記されている。

まずはこの困難な作業を牽引された田中氏の執念と渾身の努力、そして田中氏の「熱い思いに吸い込まれ」作業をともにされたという田原氏、佐藤氏に深い敬意を表したい。

三氏とは10余年の年齢差があり、三氏が厳しく批判された国大協執行部に、いま身を置く私は、本書最後の「国立大学が本来の生気と矜持を自らのものとし、豊かで持続可能な発展を期す、この国と人類社会の負託に応えるよすがとなることをひそかに念じている」とのメッセージを重くうけとめ、以下四点について本書の意義を記したい。

第一に、本書が、国立大学法人法が、法自体は改定されることなく、新たな国立大学政策の根拠として機能しようとしている時期に刊行されたことである。

本稿を執筆している今、2019年度政府予算案編成にむけての攻防のさなかにある。財務省は、運営費交付金について、毎年度の「教育・研究の質を評価する共通指標に基づいて配分する割合をまずは10%程度にまで高める」という方向性を示している。これに対して、国大協は、会長声明『国立大学法人制度の本旨に則った運営費交付金の措置を!—国立大学が将来を見通した経営戦略の元に改革を実行していくために—』を公表し、「財政基盤の弱い大学の存在自体を危うくし、ひいては我が国の高等教育及び科学技術・学術研究の体制全体の衰弱化さらには崩壊をもたらしかねない」として、強く反対することを明確にした。

制度設計過程においても、国会審議においても論点となった財政制度、中期目標期間における運営費交付金の「渡し切り」という「本旨」が投げ捨てられることへの異議申し立てである。三氏は、制度設計過程における国大協の対応の問題を厳しく指摘されているが、上記の声明は、15年余の経験を経ての国大協の認識である。

第二に、本書は、この「本旨」の成り立ちのなかに相対立したものが混在していることを第一部(国立大学法人制度はいかに形成されたか)において、制定過程、国会審議、制度形成に関与した政府、自民党、文科省、国大協などの主張と動向を辿り描きだしている。国家公部員の定員削減、経済再建・産業界への大学の活用、財政再建と高等教育財政の「効率化」の企図が、国立大学をターゲットに合流し、大学の自主・自律を自主・自律を拡大するという名目で「本旨」が形成されていく。ここから見えることは、財務省の方針は、財務省としての「本旨」の理解に基づいた一貫したものであるということである

すなわち本書は、国立大学法人法の「本旨」をどう理解し、国立大学政策がいかなる方向で実態かされるのかの現在の攻防の源流が描かれており、この攻防の渦中にある関係者、とくに大学人にとって必読の書である。

第三に、本書では、文科省(文部省)が、この問題にどう対応してきたか、どう説明してきたかが詳述されている。文科省による「本旨」の理解と説明である。私は、この10年、三氏が描いたプロセスに実務的にかかわった官僚の方々から、財務省等との折衝における後退と敗北の歴史を聞いてきた。彼らによれば、交渉が閉ざされた場で行われ、広く社会、大学人に開かれていなかったことが、後退・敗北の要因であったという。現在も健在な関係者には、三氏の描き方に反論も意義を含めて記録と記憶に基づいて、またその時々の心情を交えて、三氏の誠実な姿勢を倣い、交渉過程について勇気をもって証言してもらいたい。これは私の勝手な願いであるが、文科省の後輩世代に同じ轍を踏ませないためでもあると思う。

第四に、三氏自身が、単なる批判者ではなく、「国立大学地域交流ネットワーク」つくりを主導された大学改革の実践者であったということである。ここから提案された新国大協への事業としての「国立大学地域交流ネットワークの今後のあり方」の提案は、当時「なんの返事もなく」「積極的に受け止め」られなかったというが、地域の高等教育のグランドデザインが求められる今から見ると極めて先駆的提案であり、現実化されるべきものである。

(国立大学協会 専務理事/社会教育・生涯学習論)

[東信堂 本体価格 3,700円]

 

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