【書評】中村隆夫著『象徴主義と世紀末社会』

中村隆夫著『象徴主義と世紀末世界

(A5・252ページ・¥2600+税)

公明新聞 2019年11月4日

 

19世紀末西欧に固有の精神性

 本書は、十九世紀末にフランスとベルギーで誕生した象徴主義美術と文学の入門書である。加筆を経た増補新版だが、著者の主張に変化はない。

 すなわち、神秘主義と神話的非合理を掲げる象徴主義は、近代合理主義の流れに対する「警鐘」として機能するというのだ。

 

 著者によれば、十九世紀後半の新印象主義は、科学的色彩理論に基づく点描法を生みだすことで合理主義を徹底させ、芸術の様式化を推し進めた。

 それに後続する象徴主義は、特定の様式となることを拒みつつ、合理主義が葬ったものを再評価する態度であり、物質社会に対する批判の精神だというのである。

 

 統一的な思想や様式ではない象徴主義を説明するために、本書ではメランコリーや彼岸、死やエロス、宿命の女や神秘主義といった、象徴派の絵画に共通するテーマが列挙され、その特徴を浮かび上がらせる方法が採用されている。豊富な図版資料を通して、読者は象徴主義の輪郭をはっきりと捉えることができるはずだ。

 

 だが他方で象徴主義が、現実の神秘化であると同時に、形式の探求であったことも忘れてはならない。ここで思いだされるのが、ゴーギャンら象徴主義の画家たちに採用された「クロワゾニスム」の技法である。文学に目を向ければ、デュジャルダンの「内的独白」という語りの手法がある。象徴派の作家が、心理学の科学的言説に注目したという事例もある。小雑誌と呼ばれる文芸メディアを生みだしたのも象徴主義者だ。もちろん象徴主義が、形式主義と同一視できると主張したいわけではない。むしろ象徴主義は、神秘主義とモダニズム的な形式主義のいずれかに軍配をあげるのではなく、双方の要素を同時に含みうるような、両義的な思想であったようにも思われるのだ。

 

 いずれにしても本書は、象徴主義の貴重な入門書であり、美術史の門外漢でもこれを安心して読み通すことができる。絵画愛好家のみならず、十九世紀末西欧に固有の精神性を追体験したい方におすすめの一冊だ。

 

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