【書評】田中弘允・佐藤博明・田原博人『検証 国立大学法人化と大学の責任』

田中弘允・佐藤博明・田原博人『検証 国立大学法人化と大学の責任』

(A5・528頁・¥3700+税)

経済 No.294 2020年3月

野中郁江より

 

本書を国立大学の法人化の過程と国立大学の問題を知る本として、お勧めしたい。本書の特質は、執筆者の3名が、それぞれ法人化を前後する時期に、鹿児島大学、静岡大学、宇都宮大学の学長であり、その後も国立大学に関わり続けている方々であることだ。特質として、以下の3点が指摘されている。

①国立大学法人制度の形成過程を通じて、当時、現職として、比較的至近の位置で関わった者の証言や報告は少ないこと。

②法人化を企図し促した国の政策判断と、当初の「反対」から転じて、その実現に舵を切った文科省との国大協サイドでの対応・推進課程の実相を明らかにすること。

③法人化からすでに十数年過ぎたいま、今日に至る矢継ぎ早の大学「改革」の内実と動向に即して、その歴史的意味を吟味・検証しようとしたこと。

国立大学の抱える問題の深刻さを知る機会は、少ないわけではない。しかし学長の目からみた法人化の検証には、リアリティと説得力がある。3学長の専門が医学、商学、理学と異なっていることもいい。

 

全体は、第1部「国立大学法人制度はいかに形成されたか」、第2部「法人化で国立大学はこう変わった」、第3部「損なわれた大学の自主性・自律性」の3部から成っている。12のコラムがある。たとえば「文系と理系」では、「現在のように外圧で大学が動かされるときには、文系の持つ一種の頑固さは貴重」、「その(国大協)の構成員である学長の専門分野をみると、いわゆる総合大学では、理系の学長が9割を占め、その半数は医学系で、文系の学長は極めて少ない。文科省から見れば、実に扱いやすい集団ではないか」という指摘がある。特別寄稿として、吉原泰助福島大学名誉教授による「戦後70年の夏に想う」が収録され、福島大学経済学部の戦没学生への哀悼が綴られている。

 

参考文献、年表、索引まで505ページに及ぶ大著について、私立大学の教員が全体を正確かつ適切に評価することなど不可能であることをあらかじめお断りしつつ、四つの点にしぼって紹介することにする。

 

一つは、国立大学法人の制定過程から現在まで続いている国大協とその問題点が、当事者から語られていることである。なかでも1997年、総会において法人化反対を決議していた国大協が、次第に反対の姿勢を後退させ、ついに2002年の総会において、法人化の準備に入るという執行部案についての了承を求め、多数の学長からの異論や懸念の表明や再審議を求める意見が続出したにもかかわらず、採決が強行されるまでの過程が克明に描かれている。鹿児島大学の田中学長は、「この総会こそ、真に国民の負託に応える、『知の集積体』にふさわしい国立大学像をめぐって、徹底した議論を交わす場であったはずなのにである。その意味でも、終始、論点をはぐらかし強行採決をはかった執行部の非民主的運営には、戦後大学史に汚点を残すものとして慚愧の思いを強くした」と述べている。

 

二つは、法人化以降に大学現場で起きたことが、検証されていることである。副学長、学長選考会議、経営協議会、教育研究評議会、理事、監事などの新ガバナンスへの組織替えは、学長選挙や教授会自治の形骸化と裏表の関係にある。中期計画の策定・目標管理と大学法人評価制度という枠組みに、運営費交付金配分のための3類型化が加わって、運営交付金が減額されつつ、重点配分されていく。なかでも驚愕したことは、文科省に設置された国立大学法人評価委員会の「半数近くが産業界関係者で占められている」ことである。「委員会の諸提言や評価結果には、産業界の視点がより色濃く表れ、国立大学本来の在り方の視点が後方に押しやられているようにみえる」は当然の指摘である。

 

三つは、3学長が、憲法第23条「学問の自由は、これを保障する」が大学をして大学たらしめている拠り所と考えており、大学の担い手である教職員に依拠することを大前提としていることである。非公務員化、運営費交付金の削減と重点配分によって、学部に籍を置く教員数の削減と若手のプロジェクト型研究への採用が進み、何重もの評価制度による緊張を強いられる事務労働の増大によって現場の活力が失われていることに強い危機感が表明されている。

 

四つは、国立大学法人化は、財界の戦略に奉仕する分野にのみ国費を集中し他は切り捨てる政策であることを批判しながらも、著者たちの国立大学に対する愛情と責任感が随所にあふれており、告発にとどまっていないことである。学長をはじめ大学を支える人々が、学外者の声に誠実に向き合い、社会や地域への貢献に懸命に取り組んできたことがわかる。新設の幹事監査制度を充実させるための取り組みが紹介されていることも特徴的である。また法人化の前後から取り組まれてきた地方国立大学のネットワークづくりは、ぜひ今後ともその方向性が追及されてほしいと願うばかりだ。

 

読後に感じたことは、政府・財界によって地域貢献のみが一面的に協調され、追い詰められ、疲弊していく地方国立大学の深刻さである。このままでは、公立大学との統合や自治体への移管の道をたどるのではないかという危惧さえおぼえる。多くの地方国立大学や私立大学を誕生させた戦後の新制大学制度は、東京帝国大学を頂点とする旧帝大による国家主義的特権的な独占体制を打破して、裾野の広い自由な学問研究に基礎をおく、民主主義国家にふさわしい高等教育機関として出発したのではなかったか。今こそ、新制大学の歴史、その意義を想起し、再確認するものである。そして最後に、執筆者の膨大なご尽力と思いの結晶である本書が、大学の再生を願う広範な人々によって活用されることを願う。

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