【書評】長野公則著『アメリカの大学の豊かさと強さのメカニズム』

長野公則著『アメリカの大学の豊かさと強さのメカニズム』

証券アナリストジャーナル Vol. 57 No.11 2019年11月

河田 剛より

 

米国の大学は、機関投資家としても大きな存在感を持っている。ハーバード大学、イェール大学などの有名私立大学が巨額の運用資産を保有していることはよく知られている。学生からの納付金が収入の大半を占める日本の私立大学と異なり、米国の私立大学では資産運用益が財務基盤の支えとなっている。その資産運用益のベースとなっているのが基本財産(エンダウメント)である。この著作はその基本財産を様々な側面から詳細に検討し、その役割を明らかにしたものである。この著作の特徴は業界統計などに依拠するだけではなく、個別の大学について詳細な検討を加えている点にある。著者の長野公則氏は、金融機関勤務後に大学の運営に携わり、さらに研究活動に進んで同書を上梓した。大変な労作である。

 

同書ではまず、基本財産について概念的な説明を行い、植民地カレッジ時代から2000年代に至るまでの基本財産の歴史的展開を詳述している(第1章)。法制度面では基本財産の成立に大きな影響を与えたものとして合衆国憲法や19世紀のダートマス判決、モリル法、20世紀(1972年)のUMIFA(Uniform Management of Institutional Fund Act)などを取り上げている。このうち、UMIFAはそれまで認められていなかったキャピタルゲインの使用を適切な範囲で認めるとしたもので、大学や財団の資産運用に大きな変化をもたらしたものである。ダートマス判決後は代表的なリベラルアーツ・カレッジであるアマースト・カレッジ、モリル法後にはカリフォルニア大学、20世紀前半については、主要研究大学8校、20世紀後半についてはニューイングランド地区90校のそれぞれの個別データの分析が行われている。特に20世紀後半の90校に関しては、1977年から2007年の期間の消費者物価指数と基本財産の成長率の比較を行っており、非常に興味深い結果が示されている。

 

次に取り上げられているのが基本財産のコンプライアンスである(第2章)。日本においては理事の責任の明確化を図る私立学校法の改正が行われ、私学版ガバナンスコードを策定する機運が高まっているが、米国では従前から各大学がガバナンスのルールを策定してきた。しかし、単独の大学の例が紹介されることはあっても、複数の大学を横断的に調査した文献は少ない。特に、組織内部の基本財産の統制については、外部においても非常に関心が高いと思われ、日本の大学経営にも示唆するところは大きいと考えられるものの、なかなか情報を得ることができない。同書では、基本財産のミッション、基本財産の使用のルール、寄付者の指定する使途制限や実際の基本財産が使用されるカテゴリー、投資方針及びそれに基づく投資配分について、08年1月に米国上院財務委員会が主要大学に対して回答を求めた質問状に対する各大学の回答書を基に明らかにしている。特に、投資方針及び投資配分については、証券アナリストの関心を引く点であろう。

 

また、基本財産と奨学金の関係も取り上げられている(第3章)。日本においても少子化が進行する中で、奨学金は競争力を強化するための重要なツールになると思われるが、アメリカの大学が基本財産の運用からもたらされる奨学金を各大学の経営戦略の中でどのように位置づけているかが示される。日本の大学は教育の一部無償化との兼ね合いはあるものの、米国の大学の奨学金政策に学ぶところは大であろう。

 

基本財産と教員給与の関係も考察されている。基本財産が潤沢であれば、それだけ高い給与を支払うことが可能となり、優秀な教員を集めることで教育の質を高めることができる。日本の大学は総費用に占める人件費のウェイトが大きいが、コストコントロールと教育の質の両立を図る上で、米国の大学の基本財産と教員給与の関係は一定の参考になるものと思われる。

 

なお、第2章から第4章までは研究大学を対象としているが、第5章ではリベラルアーツ・カレッジについて同様の分析を行っている。

 

日本語の文献で米国の大学の基本財産についてこれほど幅広い分野をカバーした文献は他に例を見ない。財務基盤の強化が求められている日本の大学にとっては示唆に富む内容であろう。また長期投資の実践者としての側面は、証券アナリストにとっても参考になる点があると考えられる。

 

(東信堂 本体価格4600円+税)

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