【書評】本柳とみ子著『オーストラリアの教員養成とグローバリズム——多様性と公平性の保証に向けて——』

【書評】本柳とみ子著『オーストラリアの教員養成とグローバリズム——多様性と公平性の保証に向けて——

比較教育学研究第49号 p.209 書評 より

グローバル化の進行はボーダレスな人の移動を活性化させ、それが、各地に多様な背景をもつ人々が共生する(あるいは強制せざるを得ない)社会を出現させている。現象としての社会の多様性そのものの諸相を研究対象として考察することはもちろん重要だが、それぞれの現場で生起している切実な変化を前にするとき、専門性に裏打ちされた責任と倫理観を持って諸問題に対峙できる人々をいかに育成するかといった実践的課題への対応も同時に重要である。

本書は、そうした現代的課題に、多文化国家オーストラリアにおける教員養成という点からアプローチしていく。多様性を許容し得る社会をいかに構築し機能させるかという点で、多様性や公平性を育む学校教育を専門的に支える教員の養成は、確かに一つの要になるからである。

本書が掲げる問いは、生徒の教育的ニーズの多様化への対応が求められているオーストラリアの学校教育において、社会的公平を実現するために必要な教員の資質・能力がいかに形成されているのかということである。このことを明らかにすべく本書が設定するのは、①多様性や公平性に対応するために必要となる教員にいかなる資質・能力が求められているのかを解明すること、②それら資質・能力がいかなる教育養成プログラムによって形成されているのかを検討すること、③こうした教員養成プログラムを社会的公正の観点から評価し、その意義と課題を明らかにすることの3つの課題である。

こうした課題に迫るため、著者は特にクイーンズアイランド州に着目する。オーストラリアにおいて、他州に比べて歴史的に多様性の度合いが低かった同州は、近年移民・難民の受け入れによって文化的・言語的多様性が高まっていることに加え、多くの先住民を抱えるなかで多様性への取り組みが求められるようになっている。それは、現在の日本社会が置かれた状況にも類似し、多くの示唆を与えることが期待できるものである。

本書の内容を簡潔に整理しておけば、連邦や同州で展開されてきた社会的公正や文化的・言語的多様性を重視する教育政策の時系列的整理と、教員に求められる多様性に向けた資質。能力の生理(第1章)、養成・登録・採用・研修の各サブシステムが有機的に連結したクイーンランド州教育養成制度の特質と課題の考察(第2章)、多文化主義の下で多様性への対応が重視されるようになった1980年代以降の中等教員養成プログラムの変遷課程と、同州内3大学が提供するプログラムの構造分析(第3章)、多様性の視点から教職専門科目の履修内容の変容分析と、社会的公正の観点から同州教員養成プログラムの批判的評価(第4章)で構成されている。さらに、「付論」として、グリフィス大学において実際に中等教員養成プログラムを修了した男子学生Alexの具体的な学びのプロセスが叙述されている。

こうした内容を持つ本書は、クイーンズランド州の事例に標準してはいるものの、オーストラリア全体の教員養成に係わる政策・制度・実践の歴史的変遷と現代的要請にも広く言及しており、これまで同国の教員養成システムやプログラムの変容を詳細に考察した研究が日本に存在しなかったことを鑑みれば、本書が提供する知見は極めて有益ある。

特に、クイーンズランド州の教員養成プログラムを歴史的かつ構造的に分析する作業を通して、現在、「教職専門性スタンダード(Professional Standard for Queensland Teachers)」が教員養成の成果目標として機能するようになっていることを示すとともに、教職専門科目の中にインクルーシブ教育等の多様性を主要テーマとする必修科目が1科目以上設定されていることを、詳細な科目分析を通して実証的に明らかにしている。

それと合わせ、評者のみるところ、「付論」が提供するリアルな学生の学びをめぐる考察は、学生経験という点から、大学における幼生段階で学生がどのように成長し、専門性を身につけていくのかのプロセスを詳細に描出しており、上述の政策やカリキュラムの分析からは見えてこない教員養成の内実を補うものとして大変意義深い。

上述の点に加え、本書は教員養成研究としてだけではなく、もう少し広く、別の文脈から読むことも可能である。その一つは、大学教育の質保証という文脈である。近年、大学において教育課程や学位プログラムの質をどう維持・工場させるのかが問題となっており、その具体的なアプローチや有効な手法を解明する必要性が高まっている。本書は、教員養成プログラムについて、その構造(履修分野や科目配列)、科目の携帯・内容・評価方法、理論と実習の連関構造といった複数の視点から考察している。さらに質保証の構造についても、関与する主体の同定、教職専門性スタンダードの策定・運用、ガイドラインに基づくプログラム認定システム、教員登録・採用・研修といった点から明らかにしている。本研究が示すように、多様な主体やツールが有機的につながり、その上で教職専門性スタンダードが学修成果として教員養成プログラムに組み込まれることで、その質保証が成立しているという事実は、大学教育におけるアウトカム重視の質保証のあり方について考察を深めるうえで重要な示唆を与えるものである。

もう一つは、専門職研究という文脈である。教員養成は、大学教育と専門職(プロフェッション)とのインターフェースを考察する上で重要なトピックの一つであり、本書が(オーストラリアという文脈においてではあるが)教育専門職のありようを教員養成プログラムや質保証の観点から構造的に描き出していることは専門職研究に一定の貢献をなすものである。もちろん本書は、教員資質の高度化が議論されている我が国の教員養成プログラムを比較的に考察する上でも有用な知見を提供するものだと評価したい。

以上のように、本書は、言語的・文化的多様化

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