【書評】鰺坂学・西村雄郎・丸山真央・徳田剛 編『さまよえる大都市・大阪――「都心回帰」とコミュニティ』

鰺坂学・西村雄郎・丸山真央・徳田剛 編『さまよえる大都市・大阪――「都心回帰」とコミュニティ』

(A5・376頁・¥3800+税)

社会学論評  第70巻 第4号 2020年3月

中筋直哉(法政大学社会学部教授)より

 

書評の依頼をいただいたとき、「なんで、私が評者に」と思った。実は依頼されるまで、購入したことさえ忘れていた。しかし読み進めるにつれ、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。子細あって欠け落ちたが、心はまだ地域社会学ムラの住人なのである。

 

さて、本書は鰺坂学同志社大学名誉教授を中心とする科研費の研究集団の、長期にわたる大都市、大阪都市圏の地域社会学的研究の成果である。3つに分かたれた構成がそのまま本書の特徴を表している。第1部は199年代以降の大阪、大阪都市圏の社会経済的変動と、それを背景にした都市政治、第2部は「町内会」を中心とする都市社会構造の変化。特に都市部のマンション建設の影響、第3部はさまざまな(とくにエスニックな)マイノリティと貧困問題である。こう書くだけで、本書が地域社会学の理念型的作品であることは(分かる人には)分かるだろう。

 

評者のように1995年の阪神淡路大震災以前の地域社会学を学んだ者には、とりわけ第1部が興味深い。かつての(東日本の)地域社会学の構造分析は講座派マルクス主義の影響が著しく、さらにバブル期には欧米発の(やはりマルクス主義色の濃い)「新しい都市社会学」や「世界都市論」がその上に重なってガラパゴス的状況を呈していたが、そうした色を抜いても地域社会の構造と変動の分析は可能だし、有効なことを本書は示している。そもそも地域社会学の始原の書、福武直『中国農村社会の構造』(著作集第9巻)もマルクス主義の色はほとんどなかった。本書の西村雄郎誌や徳田剛氏の章は、マルクス主義に代えて松本康氏の都市社会学的な説明図式を用いている。

 

一方、第2部も日本の都市社会学のレガシー、町内会研究をていねいに継承しているが、かつて盛んに論じられた町内会への政治的価値判断(封建遺制だとか、政権与党の集票マシーンだとか)から自由に、地域社会構造を解明する最初の、かつ最重要の手がかりとして取り組んでいるところが興味深い。共通の着手点を決めておくのは、研究方法上、非常に大切なことなのではないか。

 

さらに第3部の各章は、どれも大阪ならではの民族と貧困の問題をリアルに描き出している。とくに浅野慎一氏の夜間中学の研究は、氏の長年の研究の上にものされた珠玉の掌編である。また陸麗君氏の新華僑の研究も、評者には未知の話だったので刺激的だった。

 

ここからは批判になるのだが、それは評者に染みついた古い地域社会学、しかしそれは、先に述べたように地域社会学の基層ではなく表層であったものの立場からのものでしかない。

 

第1の批判点は、第1部の都市政治の取り扱いにある。評者の古い地域社会学では都市政治でまず取り組むべきは都市行政機構なのだが、丸山真央氏の諸章は政治に注力するあまり、行政機構への目配りを欠く。評者には丸山氏の企図も何とはなく分かるのだが、しかし先行研究である砂原庸介『大阪』が財政を重視していたこと、また古典として挙げられている宮本憲一がまさに財政学者として都市問題に取り組んでいたこと(宮本がその点で古い地域社会学を高く評価していたと聞いたことがある)を考えると、本書の先には(源川真希のいう)大阪「市政」という、未開拓の研究領野が開けていることが想像される。

 

第2の批判点は、大阪というと評者は谷富夫氏の世代間生活史法を思い出すのだが、谷氏が開拓し、本書においても徳田剛氏や二階堂裕子氏が取り組んでいる在日朝鮮韓国人の生活史だけでなく、日本人、特に真ん中よりやや下の階層の世代間生活史にこそ、本書により豊かなボディを与えるのではないか、ということである。端的にいうと、高度経済成長期に親世代が住んだ町と住み方、現在子世代が住む町と住み方、将来孫世代が住むだろう町と住み方、それらが異なりつつつながっているというような。そうした世代間をつなぐのは、かつて牟田和恵氏が提起した「戦略としての家族」なのではないか。

 

第3の批判点は、評者得意のいちゃもんで恐縮だが、第2部のように、町内会のような安定した集団から都市の歴史をみることと、第3部のように、マイノリティのような不安定な集団から都市の現在を見ることの間に矛盾がありはしないか、ということである。かつて評者はそれを「歴史に抗する社会としての都市」と表現し、武田俊輔氏から厳しく批判されたが(都市と地域の文脈を求めること)は課題として残されたように思われる。

 

本書は、鰺坂先生のご退職に重ねて出版された。終章で大阪の都市構想を論じた岩崎信彦氏とともに、長年(西日本の)地域社会学を牽引されてきた鰺坂先生のご尽力に感謝するとともに、ますますのご清栄とご活躍を祈念してやまない。

お知らせ

旧サイトはこちら

ページ上部へ戻る