【書評】関 礼子 編『被災と避難の社会学』

関 礼子 編『被災と避難の社会学』

(A5、200頁、3200円+税)

『社会学論評』 Vol.71, No.2/2020

長谷川公一 より(尚絅学院大学大学院特任教授)

 

気候危機の現実化にともなって、日本列島が、巨大地震や津波・火山噴火などの自然災害に加えて、毎年毎年集中豪雨や台風の被害に見舞われる時代が到来した。新型コロナのパンデミックという新たな災害にも直面している。日本列島のどこでも、いつでも災害が起きうる時代だ。誰もが被災者・避難者になりうる。

 

災害に対して社会学はどう向き合うのか。被災地は、また被災者・避難者は、重く鋭く問いかけている。社会学は社会的期待にどのように応えうるのか、社会学にとっても大きな課題である。

本書の編者、関礼子は、東日本大震災および福島原発事故の被災地にもっとも足しげく通いつめ、関・廣本編(2014)および関編(2015)に代表されるように、県外への広域避難者も含め、彼らの声をもっとも精力的に発信してきた1人である。関の基本的支店は〈制度の時間〉と〈生活の時間〉の対比にある。

 

本書は6人の共著者、全8章からなる。職業的な社会学者だけでなく、市民運動のリーダーも執筆者に加わっている。意欲的だが、いくつか本質的な課題がある。

 

第1の問題は、『被災と避難の社会学』という本書のタイトルが端的に示している。副題はない。社会学の観点から、津波被害と福島原発事故の双方を扱うという趣旨だろうが、あまりにも一般的過ぎる。どのようにフォーカスしたのかが示されていない。いろいろな理由によるものだろうが、なぜこの8章でなければならないのか、全8章の一書としての構成の必然性が弱い、寄せ集め的で、報告書的である。「被災・避難の当事者の視点から」「『生活の時間』を軸に、オルタナティブな“復興”や“再生”の可能性を考察する」ことが本書の狙いであるとされており(本書「おわりに」179頁)、「被災・避難の当事者の視点」は全8章を通じて貫かれているが、本書だけでなく、津波被害と福島原発事故に関する多くの社会学的研究が「被災・避難の当事者の視点」を強調しているのではあるまいか。

編者の関による3つの章と黒田暁による北上町の集団移転を論じた第3章はいずれも時間にフォーカスしているが、他の筆者の分担執筆の章では、残念ながら時間という軸が明示されていない。災害史を扱った第2章をはじめ、他のいずれの章も、〈制度の時間〉と〈生活時間〉を明示的な軸として構成することは可能だったはずであり、この点が惜しまれてならない。

 

第2に、「被災・避難の社会学を構成すること」という副題をもつ「おわりに」の内容がひどく薄い。1)被災・避難の社会学がどういう論点を含むべきか、もっと真摯に深く掘り下げたい。「被災・避難の当事者の視点」の強調だけでは、当の被災者・避難者自身が納得しまい。2)オルタナティブな“復興”や“再生”の可能性自体がより深く、分析的に捉えられなければならない。関東大震災直後の福田徳三以来の「人間の復興」(第1章)、「生の全体性を取り戻す」(第5章)という観点が表面的に言及されているにとどまる。分析的に掘り下げられなければ、自治体や政府にとっても、オルタナティブな“復興”や“再生”は、空念仏的な響きにとどまってしまう。

 

第3に、肝心な〈制度時間〉と〈生活時間〉の対比が平板に過ぎる。〈制度の時間〉は、震災から5年間の「集中復興期間」、その後の「復興・創生期間」に代表されるような国や自治体の復興政策や復興事業にかかわる時間であり、予算執行と深く関連する。福島原発事故の避難者に対する早期帰還政策は、悪しき〈制度の時間〉の代表である。

それに対して〈生活の時間〉は、住民・被災者・避難者それぞれによって生きられる時間であり、ダイナミックで、固有で、多様で、重層的である。ライフステージによっても異なってくる。それゆえにこそ分析的に整理することが難しい。たしかに、本書の各章は〈生活の時間〉を当事者の視点、弱点の視点に立って、それぞれ生々しく描き出していると読むことができる。とくに関による「避難者訴訟」を扱った第7章の、家や先祖、故郷、なつかしい風景もまた、生きられた時間の記憶である、という指摘は説得的である。

 

第3章で黒田暁が北上町を例に具体的に描き出しているように、〈制度の時間〉によって、〈生きられる時間〉は規定され、どこに移転すべきか、集団移転か自力再建か、選択肢は狭められたり・拡大したりもする。この第3章も、〈制度の時間〉と〈生活の時間〉の相互規定性という観点から、さらに掘り下げて論じて欲しかった。

批判的な論点のみが出過ぎた感があるやも知れないが、それは編者らの研究グループおよび「被災と避難の社会学」に対する評者の期待の大きさからであり、この問題に取り組む社会学者の社会的責任の大きさを評者自身も自覚するからである。

 

[文献]

関礼子・廣本由香編、2014、『鳥栖のつむぎ―もうひとつの震災ユートピア』新泉社

関礼子編、2015、『“生きる”時間のパラダイム―被災現地から描く原発事故後の世界』日本論評社

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