【書評】加藤泰子『高齢者退職後生活の質的創造――アメリカ地域コミュニティの事例』

【書評】加藤泰子『高齢者退職後生活の質的創造――アメリカ地域コミュニティの事例』

(A5・328頁・¥3700+税)

 

仁科伸子(熊本学園大学社会福祉学部教授)より

 

 高齢者の社会参加は、経済的条件に有意に相関することが老年社会学の研究ではよく知られている。1967年にはアメリカの高齢者の約30%は貧困線以下の世帯であった。その後、合衆国政府は社会保障費を増加して再分配率を上げ、1975年には貧困線以下の世帯は半分以下に減少した。

 1980年代以降、アメリカの大都市では、ミドルクラスの郊外への転出が著しく増加し、大都市の一般の住宅地には、貧困世帯が残されている。本書で取り上げられている「アメリカにおける中産階級の高齢者」は、多様なアメリカ社会の一つの断面である。アメリカのミドルクラスは減少しているが、リタイア後にもミドルクラスとしての所得を得ることができる層がいることは、注目に値する。本書でとりあげている現代アメリカの郊外住宅地においては、実は高齢化が進んでいる。アメリカ全体の高齢化率が低位に留まっているのは、移民の受け入れによるものであるが、郊外住宅地の高齢化率は、当然合衆国全体よりも高い。そのような背景を頭の片隅においた上で、本書を紐解いてみることにする。

 本書では、4 つの住宅地における健康で自立した中産階級以上の人々の高齢期の活動と物的環境の関係性について分析している。4 つのタイプの住宅地を代表する地域として、第1 章では、東海岸のメリーランド州ゲイバーグ市の郊外住宅地ケントランズ、第2 章では、イリノイ州シカゴ市のビジネスの中心地であるループに立地する都心部集合住宅、第3 章では、保守的な中西部のスモールタウンであるウーストブルグ、第4 章は、メリーランド州のリタイアメント・ビレッジであるレジャー・ワールドを取り上げている。筆者は、アメリカの老年社会学における活動理論やサクセスフル・エイジングなどの理論を下敷きに、高齢期の人々の地域活動の状況の把握と、コミュニティの活発化を目指してデザインされた郊外住宅地や高層集合住宅、リタイアメント・ビレッジにおける物的空間を評価するという試みに果敢に挑戦している。

 

ニューアーバニズム思想と高齢者の社会活動

 第1 章では、ニューアーバニズム思想によって、計画されたケントランズの住宅地がとりあげられ、高齢者が、地域コミュニティに役割を持つ主体として包摂され、それによって生活の質が高まると筆者は主張している。著者は、物的環境への評価項目を所属感、欲求充足感、存在感、情緒的一体感の4つの要素に抽象化し、ニューアーバニズムによるコミュニティデザインがコミュニティ意識の高さに貢献していると評価している。高齢社会が進展する中で、高齢者が積極的に地域にコミットメントできる空間は、地域の社会関係の形成にとって重要である。実務者は、ニューアーバニズムによるフィジカル・プランニングのどのような点が具体的にコミュニティ形成や高齢者の活動に影響しているのかを知りたいと考えるであろう。この点が明らかになると、今後の住宅地の設計理論における本研究の価値と貢献がさらに高まるだろう。

 また、著者は、地域の住民が開催する5 Kレースに関して、この行事に選手や主催者として参加することによって高齢者が包摂されているということを指摘している。5 Kレースは、地域の住民だけでなく、他の地域からも参加者がやってくる人気のある行事となっていると同時に、利益が出るとそれは市内の子どもたちに寄付するチャリティの役割も果たすということだ。その開催にボランティアとして携わるうちに、高齢者は、「役割」を得て、コミュニティ・メンバーとしての位置づけを明確に意識することができると著者は考察する。そして、高齢者は、役割を担うことによって、生活の質を高めることができているという。アメリカ老年社会学において提唱された活動理論をそのまま映し出したような事例である。

 

都心部高層住宅に暮らす高齢者

 第2 章で取り上げられたシカゴのコンドミニアムに暮らす16人の高齢者たちは、買い物や医療などの日常生活の利便性を重視する人々である。この集合住宅で著者がインタビューした高齢者は、ほとんど一戸建ての郊外住宅で暮らした経験があるが、高齢期には利便性の高い都心生活を選択して都心部に移住しているという。都心部集合住宅に暮らす高齢者は、多様な選択肢のある都心居住によって、社会貢献活動、社会的活動、運動、学習活動などを行う機会を得ていると著者は評価している。著者によると、ここで暮らす高齢者が携わっている活動は、退職期までに喪失した仕事や親としての役割の補完としての機能を果たしている。さらには、大都市の都心部は、社会的交流と参加の機会を高め、高齢者の活動や役割を増やし、生活の質を高めていると論じている。

 

中西部のスモールタウンの高齢者

 第3 章で取り上げられているスモールタウンは、都市生活をする現代の米国人にとって、ノスタルジックで特別な意味を持っており、「すべてのアメリカ少年の故郷」のようなものと筆者は、定義している。本書に出てくるウィスコンシン州オーストバーグは人口約2,800人、ミドルクラスの白人で、プロテスタントの人々が暮らす村である。ここでは、12人の高齢者に対してインタビュー調査が行われている。この村は、170年間、4 ~ 5 世代の家族が暮らしており、昔からの家族や近隣や教会を中心とした関係性が濃密であり、同質性の高いコミュニティが形成されていると著者はいう。保守的な中西部の田舎の小さな町で、伝統的なコミュニティが息づいている。形は異なるが、日本にもこのような伝統的コミュニティはたくさん残っている。伝統的なコミュニティにおける共同性は、暮らしやすさでもあり、暮らしにくさともなり得るという点で共通性がある。伝統的コミュニティの中では、高齢者の社会参加もまた、伝統の中に位置づけられる。

 

リタイアメント・ビレッジの役割

 4 章では、リタイアメント・ビレッジが取り上げられている。こちらは、安全性や安心感が高いが、活動による主体的な役割は獲得しにくく、むしろサービスを購入して生活していると筆者は考えている。

 アメリカの勤労者は、持ち家を購入しても家族の変化、経済状況、転職、リタイアメントなどに応じて住宅を転売してそのときの人生にあった住宅に暮らす。一生に何回か家を買い換える世帯もある。この背景には、中古住宅市場が発達していることや、勤労世帯が暮らす地域の土地の価格が全般に安く、中間所得者層であっても、一生かかって一軒の家を買うことが多い日本人とは条件が異なるであろう。

 

本書を読んで~高齢者の社会参加を活発化するための日本社会への課題提起~

 本書をきっかけに、日本社会において高齢者の社会参加を活発化するための課題を提起することにする。

 アメリカ社会において、どこに住んでいるかは、すなわちどれだけの所得があるかを現す。本書に出てきたケントランズやシカゴのループの集合住宅に暮らす高齢者は実に活発に、豊かな社会関係性の中で暮らしているようだ。健康で、前向きで、そして、地域の生活において役割を見つけて生き生きとしている。豊かな住環境や多様な選択肢のある社会環境に加えて、ミドルクラスとしての経済的余裕が活動を活発にしているひとつの要因であると考えられる。

 2018年現在の日本の1 人あたりの国民年金の額は、64,941円である。厚生年金を受給している夫婦世帯の平均受給額は221,277円となっている。年収に換算すると、国民年金だけの単身世帯では、年収78万円、夫婦で厚生年金の世帯では、265万円となっている。アメリカは、自由主義福祉レジームの典型的な国家であり、自助努力を基本とし、貧困層への再分配の合意を得ることが難しく社会保障の手厚くない国と考えられている。しかし、実は、アメリカは1960年代後以降、高齢者の年金額を引き上げ、高齢者の貧困率は1 割程度にとどまっている。物価調整はしていない数値であるが、アメリカの高齢期の世帯所得は、日本の高齢者世帯の所得と比較して高額である。2018年高齢社会白書によると、日本の高齢者世帯の平均所得は、308.1万円、高齢者以外の世帯は644.7万円となっている。アメリカの65~74歳の高齢者の平均所得が約750万円であるから、日本の高齢者の収入はアメリカの高齢者世帯の所得をはるかに下回っているのである。高齢期の社会参加を規定する要因は多様であるが、所得が保証されていることは、社会参加を担保するうえで重要な要件の一つである。日本において本書のような高齢者による積極的社会参加を実現するためには、高齢者が経済的に不利な状況に陥らないような対策が必要である。人口が減少する中、高齢者の社会保障を確保するためには、現役世代の所得を上げる必要があり、超高齢社会に向けた長期的で、綿密な経済及び社会保障政策が求められる。

 本書の中にでてくる「介護が必要になったらどうするか」という問いに対する回答には、アメリカの介護事情が現れている。アメリカにおける介護費用は、各自が自己責任で準備しなければならない。日本のような介護保険制度は整備されていないため、民間の保険会社の保険に加入している。

 介護保険や地域のケアサービスによって、配偶者や家族のケアがしっかりサポートされることは、家族の社会参加や社会関係性の維持に貢献する。日本の介護保険サービスは、大都市部では、在宅サービスが発達しているが、土地の価格が高いために、入所施設の整備が遅れている。逆に、人口減少が著しい地方都市や中山間地域では、土地が安いため高齢者一人当たりの入所施設の整備数は多いが、在宅福祉サービスは、サービス効率が悪いため参入する事業者が少ない。このため、どこに暮らすかによって受けられるサービスは異なる。

 高齢期に、現役並みに所得がある世帯も油断はできない。介護費用は、世帯所得によって自己負担割合が改定される。年収280万円以上で2 割、年収340万円以上の高齢者世帯では介護保険の負担割合は3 割負担となった。特別養護老人ホームに入所した場合の負担は、施設介護サービス費、居住費、食費、日常生活費を合わせた金額となるが、概算すると、1 割負担で127,300円/月、2 割負担の世帯で、154,600円/月、3 割負担世帯では、181,900円/月となる。ミドルクラスといえども、夫婦のうちどちらかが特別養護老人ホームに入所することになると、介護費用の負担が重い。このように考えると、地域の中で役割を担って有意義に暮らしていくためには、経済的余裕に加え、家族の介護へのサポートシステムの充実が重要だ。 アメリカ合衆国マサチューセッツ州ノーサンプトンにヤング@ハート¹⁾という平均年齢80歳を超えるコーラスグループがある。ボブ・シルマンというディレクターが率いるこのグループは、パンクロックやヘビメタを含む曲を合唱して有名になり、ヨーロッパツアーを行うほどの人気になっている。また、ドキュメンタリー映画にもなったのでご存知の方も多いと思う。80歳を超える人も多いグループであるため、メンバーは病気になったり、時には昨日まで参加していた仲間の死にも直面する。しかし、だれもが自分の意志で望んでこのグループに参加し、エンターテイナーとして一流のパフォーマンスを提供する。このグループの活動ドキュメンタリーは、私たちの中にある高齢者の固定概念を吹き飛ばし、自分の中にあったエイジズムを炙り出す。高齢者が活躍できる社会にするためには、私たちの中にある高齢者観を変革していく必要がある。

 アメリカ社会では、地域社会の中に多くの組織や団体が育っており参加のための選択肢も多様である。

 高齢期の社会参加を規定するものは、個人の努力や生き方だけではない。社会環境や社会制度の整備も重要である。本書に描かれているケントランズやループに暮らす高齢者達のような社会的に豊かな老後を過ごすためには、どのような住宅や条件、政策が必要だろうか?本書は、これからの日本社会にとって重要な課題を投げかけた。

【注】
₁) https://youngatheartchorus.com/

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