【文献紹介】山田肖子著『知識論――情報クラウド時代の“知る”という営み』

【文献紹介】山田肖子著『知識論――情報クラウド時代の“知る”という営み』

(A5・120頁・¥1000+税)

 

 

比較教育学会 比較教育学研究 第60号 2020年

山田肖子(名古屋大学)

 

 

 本書は、筆者と天童睦子氏(宮城学院女子大学)が編者となって東信堂から新たに刊行することになった「越境ブックレットシリーズ」の第一巻であり、このシリーズに通底する「知識を問い直す」という考え方を示そうとしたものである。

 グローバル化と知識社会の変容のなかで「知識とはなにか」「だれにとっての知識か」が世界的に問い直されている。従来、知識はそれぞれの分野の専門家が長い時間をかけて形成した体系に基づい

て、基礎から応用と、積み上げることによって身に着けるものだった。しかし、現代社会では、何かのキーワードに対して、コンピュータが「関連している」と判断したウェブサイトが検索上位に示されるように、知識体系とかかわりなく、発想がネットワークのように広がり、知識が自由に形成される可能性も増えた。このことは、従来の学問や社会の枠組みに縛られずに新しい知が生まれる可能性として歓迎されるべきものである。

 一方で、簡単に情報検索できることによって、我々は、浅い情報で満足してしまい、自らの問題意識を形成する暇すらないまま知の渉猟を終わらせてしまうことも少なくない。しかし、明確な問いを持たずに得た情報を鵜呑みにすることは、ネット上やメディアが示してくる「常識」「多数意見」に対して、知らず知らずのうちに沈黙する閲覧者という形で賛同を与えることにもつながりかねない。我々は往々にして、中立的で普遍的な正解がどこかにあるような錯覚を抱いているが、学校教育で教科書を使って教えられる知識であっても、かならずそれを構成した人(人々)の価値判断と目的がある。本書では、自らが疑問を持つことから知識を構成すること、そのことを通して、当たり前とされている知識枠組みを、「誰が」「何のために」構成しているかを批判的にとらえ直すことこそが、知らない間に社会の枠組みに取り込まれるのでなく、社会構造そのものを作り替えていく力になるとの視点を提示する。

 このように批判的な知の形成が社会の変化につながるという考え方から、本書では、知識が言語化され、他者に共有されることの意義も指摘してる。知識を基本的に個人的なものととらえる西欧認識論に対し、本書では、知識とは、人に共有され、共感されて初めて意味をもつと考える。「問い」に始まり「共感」につながる知識を生むために、教育、学習、人と人との関係はどうあるべきなのか。本書は、教育学、心理学、哲学、社会学等での諸研究に言及しつつ、ブックレットシリーズを通じて読者とともに深めたい問いを提起している。

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