【書評】松井克浩著『故郷喪失と再生への時間――新潟県への原発避難と支援の社会学』

【書評】松井克浩著『故郷喪失と再生への時間――新潟県への原発避難と支援の社会学』

(A5・296頁・¥3200+税)

 

日本社会学会 社会学評論 Vol.69,No.4 2019年

山本薫子(首都大学東京都市環境学部准教授)より

 

 

 本書は2011年の福島第一原子力発電所事故による福島県から新潟県への避難とそこでの支援に関する調査研究の成果である.原発避難をめぐってはすでに複数の調査研究がなされ,論考も多い.一方,

事例研究が中心で体系的,論理的なアプローチが十分になされているとはいいがたい段階にもある.そうしたなかで本書が特徴的なことは,新潟県への原発避難に焦点を絞り,避難者のみならず県内各地域(柏崎市等)での避難者支援について,聞き取りデータを多く用いながら,具体的な過程,個人の心情やその変化,社会関係を描き出した点である.

 本書は3部校正となっている.第1部「広域避難の経過と支援の特徴」では新潟県での原発避難者の受け入れ,支援について県,各市での取り組み(

サロン開設などソフト面の支援も含む),民間レベル(個人)での居場所づくりが具体的なエピソードを交えて紹介される.

 2004年に中越地震,2007年に中越沖地震があった新潟県は,被災経験を避難者の受け入れ,支援に大いに活かした.このことは他地域との顕著な差異である.それは発災直後の臨機応変な判断,きめ細かい対応にも反映される.また,借り上げ仮設住宅入居募集の際,ブッグブッダハンド(大きな仏の手)を合い言葉として,あえて対象範囲を広く定めて多くの人々に行き届くような支援が行われたことは結果的に自主避難者への大きな助けとなった(第1章).

 第2章,第3章では,柏崎市での「幅広い組織的な支援と深い個人的な支援」(99頁)の具体的内容が紹介される.市域内に柏崎刈谷原子力発電所が位置する柏崎市では,原子力発電所や関連産業への就職等を通じて2011年の前から福島第一原発周辺地域との人的なつながりがあった.このことは柏崎市に特に避難者(特に強制避難者)が多く集まった背景にあり,同時に中越沖地震での経験を通じた支援の蓄積も有していた.これらと支援活動との関わりは,第3章で示される市民による「『仲間』としての支援」に顕著にみることができる.

 第2部「広域避難者たちの記録」のうち第4章では強制避難者,第5章では自主避難者のそれぞれによる具体的な語りを通じ,故郷喪失の実感や諦め,生活再編の模索等の過程が具体的に示される(「先の予定やビジョンがまったく立てられない,地に足がついていないような生活」144頁,「みんなが納得して選べる避難,避難の権利が欲しい」156頁など).聞き取り調査は2012年から2016年にかけて1人の対象者について2~3回程度行われ,このことにより如実に変化の過程が描き出される.

 東日本大震災後に改めて指摘された日本社会の特性の1つが同調圧力の強さである.行列をつくって並び,暴動も起きない被災地の様子を海外メディアは驚きをもって報じたが,それは他方では,周囲と異なる価値観で動こうとする者,異なる行動をとろうとする者へ向けられた排他的な言動と同一であった.本書では特に第2部で,強制避難者が避難先で息をひそめて暮らさざるをえない状況,自主避難者への冷ややかなまなざしとそれらにともなう多大なストレスがそれぞれの個人のことばで語られる.

 第6章では,避難者の立場から広域に避難する子どもたちへメッセージ,プレゼントを贈る活動を続ける「福浦こども応援団」の試みが詳細に紹介される.そこでは,避難者の帰還と復興を強く結びつける行政施策に対し,長期にわたって「つながり」を持ち続けることが広い意味での復興に結びついてくこと,子どもたちやその周囲の大人が「自分たちのことを忘れないで応援する人たちが今もいる」と感じることの重要性が語られる.

 タイトルにも示されているとおり,本書のキーワードの1つは「時間」,とりわけ再生,復興に関わる時間である.平等に与えられる数量的な単位としての時間とは別に,本書で示されるものは進まない時間,時間の経過に追いつかない心情である.

 このことは第3部「場所と記憶」での議論に引き継がれていく.著者は,時間が経過する中での避難者たちの深まる苦悩が「『人生の次元』ぬきの『生活の次元』を強いられている」(265頁)ことに起因すると指摘する.そして,アレントの「公的領域」を引きながら,「承認」の場である社会関係の捉え直しの必要性を挙げ(267頁),そのことが損なわれ続けてきた避難者の尊厳の回復につながる可能性について述べる.

 本書を読み終えてまず想起されることは,第2部で登場するそれぞれの避難者の「その後」である.原発避難をめぐる問題は今も継続し,決して終わってはいない.故郷喪失とそこからの再生,避難者が被った尊厳剥奪のトラウマと回復は世代を超えた課題としても引き継がれていくだろう.本書で提起された「時間」に関わる概念が,今後,原発避難研究のみならず近接テーマ,近接分野も含めて理論的に精緻化されていくことを望む.

 

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