【書評】渡辺雅子著『韓国立正佼成会の布教と受容』

渡辺雅子著『韓国立正佼成会の布教と受容』

(A5、ⅻ+352頁、3700円+税)

『社会学論評』Vol.70, No.3/2019

川端 亮 より (大阪大学人間科学研究科教授)

 

本書は、立正佼成会の韓国での布教について、それぞれの時期における課題を分析しながら、現在に至る実態を明らかにしたものである。もっとも焦点となる問いは、反日感情の強い韓国で、日本の宗教がいかに拡がっていったか、である。

 

韓国布教における佼成会が克服した課題は、著者がブラジルにおける日系新宗教運動の課題群として考えたものの一つである適応課題群として分析される。分析枠組みや理論的な背景が不十分な海外布教研究が多い中で、特筆すべき点である。あげられている点は、言葉の壁の克服の他、教養・儀礼・実践の異質性の希釈と反日感情惹起の回避が注目される。日本的なものは薄められる。「南無妙法蓮華経」は「ナムミョウホップヨンファーギョン」と韓国読みである。経典から菩薩や神の名前は除かれており、韓国の命日は日本の命日と同じではない。庭野日敬や長沼妙佼の写真を宝前から場所を移したり、本尊を仏教にするなどの変化が見られる。また、仏賛歌を歌う、命日に教学の講義を入れる。昼食を出すなどの韓国伝統仏教で行われていることが取り入れられている。

 

仏教においてとりわけ難しいのが、佼成会の先祖供養の基本である総戒名の自宅への祀り込みを理解させることであった。韓国でも祖先祭祀が重要視されているので、佼成会の先祖供養も受け入れが容易に思われるが、そうではなかった。夫方と妻方の両家の先祖をすべて象徴する総戒名を供養する佼成会方式は、男子直系の儒教式の祖先祭祀とは異なる。また、韓国では家に仏壇に相当するものはなく、先祖の位牌を家で祀ることもない。さらに自宅に先祖を祀ることは、静かに眠っている霊を呼び起こし、鬼神を呼び寄せて、祟りがあるのではないかと恐れられる。しかしながら、佼成会の先祖供養は教えや宗教実践の根本にかかわるもので、自宅ではなく教会の戒名室に安置したり、家で祀っている人が受けたご利益を紹介するなどして工夫しながら、自宅での総戒名の祀りこみを説得している。

 

海外布教に関しての研究は、現実には布教がうまくいかない例の方が数多いであろうが、それにも関わらず、布教が成功した例が研究されているといえる。本書も布教が成功した要因の分析を中心に据えているといえるだろう。本書の後半は、リーダー層のライフヒストリーを用いた分析である。5章の在日コリアン二世の女性教会長のライフヒストリーは、情報量の多さ、裏付けの史料がある点に加え、佼成会の組織活動としての報告が、感謝となり、ご利益信仰から自分が変わっていく様を描くなど卓越した記述である。そのほか韓国でも法座の働きが特徴的であり、佼成会は生活実践だということがよく表れている。

 

韓国佼成会は、2010年半ばにバングラディシュ教会に追い抜かれるまでは海外教会の中で信者数が一番多い教会で、信者世帯数は3000世帯を超える。ある時期には一定程度、海外布教が成功した事例と言えるだろう。しかしながら、2004年から2018年までの会員世帯数の推移をみると、2010年以降の増加は70世帯程度である。

成長から停滞への転換点は、2006年から2007年にかけて行われた道場の大規模増改築である。増改築のため、道場を使うことができず、道場中心の実践から個々の会員の家を回り行う会員の世話や布教が中心に変わった。この時に三人いた支部長のうち、在日コリアンの親族による導きで入会した2人の支部長が退任し、韓国人の支部長に替わった。しかし、3章で描かれる2人の支部長がやめていくあたりについての情報量が少なく、布教が停滞した理由がわかりづかったのは残念である。

 

マクロレベルでは韓国社会では2005年に戸主制が廃止され、2008年から実行に移されている。また、未婚者は増加しており、子どもが女性ばかりや子どものいない家族もあり、長男だけでは先祖を祀りつづけることができない。佼成会の先祖供養が受け入れやすい社会状況になってきているという指摘は、興味深いものである。しかし現実には会員数は増加していない。一方で仕事をもつ女性が増加し、高齢化による親の介護に従事する女性も増えており、専業主婦を中心とする佼成会が維持しがたい側面も4章で描かれている。また、道場の当番の平日の昼間に時間を費やす活動が多いため、働く人は実践を続けにくいこと。役職者の高齢化などとともに、韓国人は団体行動が苦手で、時間にルーズである。また組織活動として報告・連絡・相談ができないことも挙げられている。

主観的ライフヒストリーを客観的に示そうという努力が示され、分析枠組みがあり、マクロな要因も取り入れた本書は、海外布教の研究として、見習うべき著作である。

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