【書評】濱名篤著『学修成果への挑戦 地方大学からの教育改革』

濱名篤著『学修成果への挑戦 地方大学からの教育改革

大学教育学会誌  第41巻 第1号 2019年5月

 

白川優治より

 

「大学での教育を通じた学生の成長を,社会から正しく評価もらいたい」という思いは,本学会の多くの会員に共通するのではないだろうか.この思いの背景には,「大学教育によって学生は成長しているのか」という社会から大学への疑念のまなざしや,「いろいろな改革や努力をしているにも関わらず, 社会の大学への見方は変わらない」という大学から社会に対する諦めの気持ちもあるかもしれない.そして,これまでの大学教育をめぐる様々な政策・改革・実践 ・研究・議論は,このような
思いの中で進められてきたと言っても過言ではないだろう.本書は,「社会から評価される大学教育を実現しなければならない」という著者のミッション(使命感)とパッション(情熱)の発露であり,著者がこの問題意識に真正面から取り組んできたことを背景に,「今まで何をしてきたか,これから何が必要なのか」という大学教育のあり方(ビジョン)を問う,記録と問題提起である.

 

著者は,教育社会学を専門とする高等教育研究者であり,長きにわたり私立大学の理事長・学長を務める経営者である.上智大学大学院で学んだのち,1998年に兵庫県三木市に設立された関西国際大学において,その前身となる短期大学が創設(1986年)されるときからその設置・運営に中心的に関わり,2005年から同大学学長,06年から法人理事長を務めている.副題が「地方大学からの教育改革」とされているように,本書は地方都市に新設された小規模な私立大学の教育改革を主導し,実践してきた経過を踏まえたものであり,その中心的な取り組みが「学修成果への挑戦」なのである.著者は「地方の後発小規模大学に身を置く高等教育研究者にとっての高等教育研究は,研究のための研究ではなく,実践的な課題発見・解決のための実学でなければ意味がない」(p. ii)と自らの立ち位置を定め,本書を「後発小規模大学が社会全体や地域社会にとってどのような役割を果たしてきたのか,あるいはこれから果たし得るのかという問題関心」(p. ii)に基づいて,同大学の創設20周年を期に,これまでの論考と講演記録を再構成するかたちで編纂したとする.その内容は,「序章 いま大学に何が求められているのか」「第1章 私たちはどのような教育の未来を目指しているのか:学修成果と三つのポリシー 大学教育は何を育成するのか」「第 2章 地方の活性化とイノベーション」「第3章 地方 小規模大学のチャレンジ:関西国際大学の取組みと課題」「第4章 多様な学生をどう育てていくのか」「第5 章 これからの教学マネジメントの課題」の6章で構成されている.そこで扱われているテーマは,三つのポリシーと学修成果の可視化,地方創生と大学の役割,高大接続と初年次教育,18歳人口減少期の大学教育のあり方とこれからの教学マネジメントなどであり,おおよそ過去10年程度の日本の大学教育をめぐる議論が,何らかの形で言及されている.

 

本書の特徴は,著者の高等教育研究の成果,大学経営・大学教育改革の実践,中央教育審議会等の委員としての政策形成の場面での様々な経験,経営者・教育者としての教育的信念に基づいた主張など,幾つかの異なる側面から議論が構成されていることにある.また,その内容は,高等教育全体についての議論と関西国際大学での様々な実践が織り交ぜられて論じられている(なお,関西国際大学の教育改革の実践の詳細については同時期に,本書の姉妹本として,関西国際大学編『大学教学マネジメントの自律的構築」(東信堂,2018年)が刊行されており,併読を勧めたい).これは他に類を見ない著者の幅広い活動(高等教育研究者であり,大学経営者であり,大学教育改革の実践者であり,政策の主唱者である)を背景としたものであり,本書の持つ大きな独自性である.例えば,第1章では,具体的なテーマとして「学修成果と三つのポリシー」が取り上げられており,2017年に三つのポリシー(ディプロマ・ポリシー(DP), カリキュラム・ポリシー (CP), アドミッション・ポリシー(AP)) を設定することが大学に義務付けられたことの政策的背景が概説され,この三つのポリシーの重要性や大学がこれらを設定するときの留意点が論じられるとともに,著者が関わった中央教育審議会での政第過程の議論が紹介されている.その上で,三つのポリシーに加えてアセスメント・ポリシーが重要であるという著者の主張が各種の調査データをもとに展開された上で,大学のアセスメントを改善する具体的手法として,ルーブリックを中心とする学習成果の可視化のための方法が紹介される.そこでは,著者の調査結果に基づいてアメリカの大学での実践事例を中心に紹介しながら,関西国際大学の取組みにも触れつつ,具体的内容が示されている.本書は各章のテーマに対して,このように著者の高等教育に対する研究・実践・主張が織り交ぜられつつ論じられているのである(ただし,章によって研究・実践・主張のどの部分が強く出ているかは異なっている).この特徴が,著者の定める「実践的な課題発見・解決のための”実学”」としての高等教育研究の具体的な姿であると言えるだろう.そして,そこで描かれている内容は,研究成果を自らの経営する大学に積極的に取り入れ,新しい実践として活用するとともに,実践の成果をもとに大学教育改革の方向性を主張し,政策形成過程の中に取り入れられていくという姿である.調査やデータの分析のみに基づいた研究書ではなく,大学教育改革や大学経営の経験のみに基づいた事例紹介でもなく,研究と実践を織り交ぜて各テマが複合的に論じられていることで,課題そのものが深掘りされ,考えるべき論点を多元的に理解する視野が読者に与えられ, 大学教育をめぐる様々な論点を広く捉え直すことができるようになっている.しかしながら,本書のこのような特徴は,他方で,読み手に一定の予備知識を求めるものになっているようにも思われる.本書が,幅広いテーマを扱うとともにある程度の予備知識がなければ,研究実践・主張を切り分けて理解することは難しいと思われるためである.本書が,大学関係者を読者として想定しているならば,本書の特徴は強みと言えるが,「後 発小規模大学が社会全体や地域社会にとってどのような役割を果たしてきたのか,あるいはこれから果たし得るのか」を広く一般社会に伝えるためには,話題の対象と範囲が広がったり,狭まったりしていることがかえって理解の妨げになるかもしれない.

 

さて,本書のもう一つの特徴として,政策形成過程について言及されていることを挙げたい.三つのポリシーや初年次教育など,現在の日本の大学教育において当然視されている概念や取り組みが,どのように高等教育政策に取り入れられていったのか,著者の関わりが紹介されているためである.具体的には,三つのポリシーについて,「ちなみにディプロマ・ポリシーと後に説明するアセスメント・ポリシー(学修成果の評価の方針)は,私の提案した造語である.(中略)実は,私が中教審に加わったときにはすでにアドミッション・ポリシーという用語が使われていたのである.この三つの概念は重要である.そのため一つのセットとして「ポリシー」がついた用語に統一したほうが一般に浸透しやすいのではないかと考えたからだ.そしてこの私の提案が受け入れられた」(p,34)と著者の影響が言及される.また,初年次教育については,初年次教育が政策課題として取り入れられるように努力してきたことが記されている(p,175).これらの言及は,高等教育政策の形成過程につい て審議会に関わった立場からの一つの記録として重要であろう(ただし,研究資料として用いるためには,諸会議の議事録や他の関係者の証言等と突き合わせた史料批判が必要である).ただ,政策との関係でいえば,政策過程に関する言及は限定的であり,中央教育審議会等での経験や議論が広く紹介されているわけではない.自ら の主張が高等教育政策に含まれた/含まれなかった,ということとともに,審議会委員として長く政策形成のプロセスに関わってきた立場から,そこで何が議論されて,何が議論されなかったのか,そのことが日本の高等教育にどのような影轡を与えたのか,高等教育研究者お よび大学経営者としての見解が踏み込んで言及されていると,現在の日本の高等教育の現状と課題のさらなる深い理解につながるものになったと思われる.

 

このように,本書は,著者が研究と実践と政策にまたがって活躍する稀有な存在であることから成立している他著にない特徴を持つ.そして,大学教育研究が,大学教育という現場に直接関わる実践的学問であることが具体的に示されており,本書を通じて著者のミッションと パッションに触れることは特に本学会の会員には様々な気づきを与えてくれるものと思われる.

 

なお,最後に,書評の立場としては,編集上の課題に触れざるを得ない.本書は,著者のこれまでの論文や講演記録をもとに編まれたものである.しかし,各論稿の初出について記載がなく,各章・節の議論の時間的位置を確認することができない.また,各章・節の参考文献の記載方法が1冊の書籍として統一されておらず,文献リストも掲載されていないので,文献に当たることができない.図表の落丁や数力所みられる固有名詞の誤りとともに,残念に思うところである,

(千葉大学 白川優治)

 

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