【書評】早川和男著『人は住むためにいかに闘ってきたか―欧米住宅物語』(新装版)

『人は住むために闘ってきたか―欧米住宅物語』(新装版)

(A5、2000円+税)

神野武美(日本居住福祉学会副会長)より

本書は1990年11月に発売された『欧米住宅物語―人は住むためにいかに闘ってきたか』(新潮選書)の新装版で、旧版と内容はほぼ同じである。ただ、15年後に発行された新装版は、旧版と主題と副題が逆になっている。旧版の副題は、新聞記者だった評者(神野)が早川先生から相談を受けて提案したタイトルであったが、出版社の移行で副題にとどまった。本書の目的は、単に欧米諸国の住宅政策や制度を紹介するのではなく、それらにつながる「市民や労働者の居住をめぐる闘い」の軌跡を伝えることである。タイトルは『人は住むために・・・』がふさわしいのである。

住宅政策の原点となったグラスゴーの家賃ストライキ

本書は、第1部「アメリカのデモクラシー」、第2部「イギリスの社会主義」、第3部「フランスの居住思想」、第4部「西ドイツの住宅哲学」の4部構成である。

アメリカでは、スラム化し、貧困とホームレスが増加した大都市の地域再生における市民や労働組合の活動団体に加えて、多くの企業が、低家賃住宅の供給などの「企業デモクラシー(今でいうCSR=社会的責任投資)」の現実に取り組んでいる。それは「目先の利益を追うのではなく、まちがよくなることで利益を得る」という考え方であり、自由主義経済の原理を尊重しながらも、寄付の分科、厳しい土地利用規制、住民合意を基盤とする社会的コントロールが効いたまちづくりである。

イギリスの公営住宅重視の住宅政策の原点は1915年4~11月、スコットランドのグラスゴーで約2万世帯が参加した「家賃ストライキ」である。労働組合などはそれ以前から、公営住宅や家賃の適正化を求めてきたが、ストライキは、第一次世界大戦中に高等した家賃の値上がり分の支払いを一斉に拒否し、「戦時中の家賃値上げ分を禁止し戦前に戻せ」と国に要求した。その結果、家賃を統制する法律がつくられ、19年には「地方自治体が住宅を供給し、それを国が保証する」制度もつくられた。サッチャー政権は1980年から住宅予算を大幅に削減したが、住宅運動団体「シェルター」は、急増したホームレスの救援活動をするかたわら「居住の権利」のために闘い続けている。

理想社会を構想するような発想やロマンを

19世紀のフランスの社会思想家シャルル・フーリエは、「ファランジュ」という農業を基本にした約1800人の組合員による清算と消費の協同組合を組織しその土地や住宅を「社会宮殿」と称する理想社会を構想した。フーリエの死(1837年)後、その影響を受けたナポレオン3世は1867年にパリに労働者協同住宅を建設し、ストーブを発明・製造していたゴタンはその理想に傾倒し1859年から82年にかけてギースに「社会宮殿」を建設した。早川先生は、居住者がいるこの2カ所を訪問し、「フーリエは『空想的社会主義者』と呼ばれているが、理想社会を構想とするような発想やロマンが現代社会にどれだけあるのだろうか」と問いかけている。

フランスはHLM(適正家賃住宅)、ドイツは、連邦や州が建築主に資金を供給して低家賃を実現する「社会住宅」が住宅制作の基本にある。ところが、1980年、ケルン市でチョコレート工場を取り壊して社会住宅を建設する計画に反対する市民がチョコレート工場を占拠する事件が起きた。それは社会住宅を否定したのではなく、「古いまちの風景を大切にすることは人間の心を大切にすること」と主張し、住宅への転用を求めたのである。その結果、工場4棟のうち1棟を住宅に改造することになった。

旧版から30年、新装版から15年。世界は、経済のグローバル化が進行し、競争が激化し、貧富の差も広がった。「競争に打ち勝つ」ことが最優先とされ、自己責任が強調され、公的住宅の供給が批判され、移民排斥の動きも大きくなった。資源の浪費が進み、地球環境も危機的な状況である。息苦しくなった世界の問題をどのように解決に導くのか。例えば、フーリエは、清算と消費の社会科によりムダを減らすことを構想し、ケルン市の工場占拠は「歴史的資源」の大切さを訴えた。それらは、早川先生が提唱した「居住福祉資源」に通じ、浪費と破壊を繰り返す現代社会を変革するヒントを与えてくれる。

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