【書評】渡辺雅子著『韓国立正佼成会の布教と受容』

渡辺雅子著『韓国立正佼成会の布教と受容』

(A5、ⅻ+352頁、3700円+税)

『移民研究年報』第26号 2020年6月 pp.106-107

高橋 典史 より (東洋大学)

 

本書は、2004年から2018年までの15年にわたる、韓国の立正佼成会の異文化布教についての調査の成果をまとめた労作である。法華系の仏教教団である立正佼成会は、日本の新宗教の中で国内第2位の信者を持つ大規模教団である。同教団では、1979年に韓国布教を開始し、本書によれば、現在、同国内には3000~4000人の信者(その多くが女性)がいるという。韓国という日本の宗教教団にとっては布教上の困難が多く存在する地域において、立正佼成会がどのように適応・定着していったのかについて、教団の組織展開のみならず、幹部信者たちへの聞き取り調査にもとづくライフヒストリーの分厚いデータから明らかにしている。その展開においては、在日コリアンたちが大きな役割を果たしてきたという点は、移民研究の領域ににとっても示唆に富むものである。以下、本書の各章の概念を紹介していきたい。

 

「第一章 韓国における立正佼成会の展開過程」では、筆者が調査を開始した2004年当時の韓国における立正佼成会の教勢、幹部信者の属性(その大半は女性)、主要な行事・活動等について説明したうえで、立正佼成会が韓国布教を開始した経緯とその後の組織の展開過程を詳述している。同教団の韓国布教は、在日コリアンの信者の要望によって着手され、その後も在日コリアンからの支援とそのネットワークの中で布教が進められていったという。他方、韓国における日本への強い忌避感や抵抗感は立正佼成会の布教に大きく影響し、日本人布教者のビザ取得や宗教法人格の取得における困難にも直面していった。そうした中で、在日コリアンの中核メンバーの李福順・幸子(母娘)を中心に韓国人主導で活動が進められていったことが述べられている。

 

「第二章 韓国立正佼成会にみる日本的要素の持続と変容」においては、日本とは異なる宗教・文化的なコンテクストを有し、かつ反日感情が根強く存在する韓国社会において日本にルーツを持つ宗教教団が直面する諸課題に、立正佼成会がどのように対応し、現地化を進めてきたのかについて論じられている。立正佼成会では、日本の植民地支配を想起させるような日本的な要素を極力排除し、韓国の伝統仏教の要素を取り入れるといった工夫がなされてきた一方で、その信仰の根幹に関わるものに関しては保持してきたという。とくに直系の父系血縁を重視する儒教式の祖先祭祀の伝統が根強い韓国社会においては、父母の双系の先祖供養を重視する立正佼成会の信仰を受け入れてもらうことに強い抵抗感が見られる点が指摘されている。

 

「第三章 支部組織の転機と三支部制初代韓国人支部長の信仰受容の諸相」は、2000年第のソウル支部の改革の影響と当時の韓国人支部長たち(全員女性)のライフヒストリーを取り上げた章である。李福順教会長(当時)のもと、ソウル支部は2003年から三支部体制が敷かれるようになった。さらに、2006年から翌年にかけてソウルの教会道場が大規模リノベーションを行ったことにより、広い施設が使用できなくなったため、各支部長の指導力が問われる状況となったという。その結果、2つの支部で支部長の交代が発生した。そうした時期に、教団の主要な担い手が在日コリアンのネットワークを有する人々からそうではない人々へ移行するという「新たな段階に入った」(p.147)と筆者は指摘している。

 

「第四章 韓国人幹部信者の信仰受容と自己形成」では、在日コリアンの親族ネットワークを持たない近年の幹部信者たち4名(すべて女性)のライフヒストリーが取り上げられている。そこでは、彼女たちが抱えていた問題状況、立正佼成会との出会いとその教えの受容の過程(入信過程)、そして自己形成のあり方について詳細に記述されている。

それぞれの個人的な経験だけでなく、韓国の伝統的な宗教文化と立正佼成会の信仰との間の差異、組織運営や支部長等の役割(「お役」)を行っていくうえでの諸課題についても言及している点は興味深い。とくに「専業主婦」をモデルとする幹部信者の活動が、夫婦共働きの増加という韓国社会の変動の中で困難に直面している点は、日本と共通する課題といえるだろう。

 

「第五章 在日コリアン二世の女性教会長のライフヒストリー」においては、立正佼成会の韓国布教において中心的な役割を担った李福順(1935年~2015年、三代目教会長)の人生が、その家族も含めて詳述されている。大阪で生まれ育ち、自身のアイデンティティを形成した福順は、結婚後、家族そろって韓国へ移住したものの、韓国社会になかなか適応できず、韓国と両親や親族が暮らす日本を行き来しながら家族を支える生活を送った。いずれは家族とともに日本へ戻ることを夢みていたものの、それが果たせないでいる中で、大阪で立正佼成会の信仰と出会い、1973年に入会したという。1980年代になると当時の韓国の日本人教会長に請われて、韓国布教に本格的に従事するようになり、娘の幸子とともに韓国布教の中心的役割を果たしていった。2002年には韓国の立正佼成会の三代目教会長に着任し、2009年にはその公認に幸子が就いた。さらに、夫や他の子どもたちも韓国または日本で立正佼成会に関わってきたという。

本書の末尾の「むすび」では、韓国における日本のネガティブなイメージが日本にルーツを持つ宗教団体の布教に与える影響、各章の要約、韓国の立正佼成会の異文化布教にみられる拡大(教団の布教拡大や信者獲得)・適応(ホスト社会への適応)・定着(信者の定着や質的充実)・組織(宗教運動自体の展開・定着や日本の本部との良好な関係構築)の4つの課題群といった事がらに完結にまとめられている。

 

本書の研究成果の学術的な意義に関しては、第一に宗教研究(宗教社会学)の領域で評価すべきだろうが、それは他の媒体に譲るとして、ここでは移民研究に関わる意義について評者なりに指摘したい。まず、越境する「宗教」が、ホスト社会の人々のアイデンティティ形成に大きな役割を果たしうるということを、本書の広範な現地調査にもとづく諸事例は示している。とりわけ、ポストコロニアル的な韓国と日本の状況下での、日本にルーツを持つ宗教教団の異文化布教を取り上げている点は注目に値するだろう。また、本書は、韓国と日本を往来してきた移民(在日コリアン)たちに対して、日本の宗教がもたらす救済やアイデンティティ形成に関わる諸資源についても明らかにしている。いわゆる「エスニック・チャーチ」とは異なる移民と宗教の関連性は、これまでそれほど論じられて来なかった問題であり、今後の研究のさらなる進展が望まれる研究テーマである。以上のように、本書は移民研究の学徒たちにとっても学びうる点の多い、質の高い良著である。

 

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